醍醐寺 上醍醐(5/17) | 心に光を呼びます Padme★yuki

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誰の心にも、神様とのホットラインはあります。
いろんなもので隠れてしまってるだけです。
私でよければ、見つけるお手伝いをします。

 

 


私は醍醐寺にいます。
会いに来てください。
と呼びかけていた
醍醐寺へ行きました。


5月17日(土)

早朝に出発して
静岡県に住む、昔からヒーリングをご利用いただいてる
常連さまご一家と合流して
京都を目指す。
京都駅で、新幹線で来た昔からのママ友をピックアップ。
醍醐寺へ。

まずは腹ごしらえ~




本日は上醍醐だけで精一杯だろうということで
下醍醐の境内には入らず
そのまま山へ向かう。

 

 


 

 


小川沿いに、道が続く・・・
その小川の中に
人が掘ったような穴・・・
水がたまっている。
修行用の禊場かな?

 




下から登ってくる途中途中に
○丁目という道標があるのだけど
「きっと、十丁目で頂上かな」
なんて思いながらヒーコラ登ってきて
九丁目を過ぎた頃に
降りてきた人に
「もうすぐ頂上ですか?」と聞いたら
「まだ半分よ~

一同、落胆(笑)

頂上までは16丁目(だったかな?)まであって
その先にお堂が並んでるそうだ。

十丁目に休憩場所のようなところあり。
不動明王が祀られている滝。

ここで、
「パドメユキさんですか?」
と、声をかけてくれたSさん


後ろから
「あ!あの人だ!」と思って
ご主人にお子さんを預け
ガンガン追いかけて来てくれたらしい。
感謝(^人^)
私たちが休憩していたので
ご主人も追いついてきた。

ベンチに座って一休みの
一緒に来たご年配のHさんは
「もうここでいいよ~」
と、あきらめかけたのだけど
もう一人のご年配のSさんは
「ここまで来たから、上まで行く!」
と言い、そこからは
Sさんが皆を先導するくらいの勢いで登っていかれた!
Sさんの娘さん・・・
「・・・どうした?・・・(  ゚ ▽ ゚ ;)」
こんなに根気よく頑張る母の姿は
見たことないと・・・
 

そこから少し上に行ったところに
この木があった。


この穴に
手を入れてるところ↓(笑)

ほわ~んとあったかい

その上に
鳥居が現れた。

なんだろう?
と、行ってみると

天狗が座る杉の木があったけど
ついに老いて無くなってしまったのだそうだ。
それで、ここに神社を置いたと。

 

こちらは
2本の種類の違う木がくっついて
根っこなんて合体しちゃってる
これぞ、夫婦和合



清瀧宮があって

 

醍醐水の社。


『醍醐味』という言葉は
この醍醐の水を飲んだエライ人が
「これぞ、醍醐の味なり」と言ったところから
醍醐味というようになったそうだが・・・
その『醍醐』って、何よ?

『大般涅槃経』(だいはつねはんきょう)の中に、
(牛)乳を精製する工程の五味として、順に
乳→酪→生酥→熟酥→醍醐となる。
最後の醍醐は一番美味しいもの。
(現代でも製法がわからないのだ)
涅槃経も同じく最後で最上の教えである
という たとえ として書かれている。
これを五味相生の譬(ごみそうしょうのたとえ)という。
だから醍醐味っていう。

ちなみに
醍醐の一歩手前の段階を
蘇(そ)といい、
(豆乳でいう湯葉の段階)
日本古来の乳製品。

蘇・・・なんか、どっかにつながる予感・・・

みんなでペットボトルに汲みます。


この一つ上の、醍醐水の社の後ろ・・・
屋根の上に
准胝観音のお堂があった場所がある。
この醍醐水は
まさにその准胝観音が降臨した地から
湧き出る水なのだ

上に登ります。



ここに、准胝堂がありました。

 

 


雷で焼失。
皆さまからの寄付を募っているそうです。

奥にある社は

醍青連と書いてありますね。
醍醐と青龍で、醍青なのでしょう。
その理由は
(醍醐寺へ行きませんか?の記事にも書いたけど)

准胝観音とは
空海=弘法大師が高野山の開基の時に、
僧房の次にまず准胝堂を建立し、
准胝観音を弟子たちの得度の本尊としてお祀りした。

それだけ重要ってことだね。
菩薩たちが如来になるためのアシストをするといわれる、
すべての菩薩の母
准胝観音の世界へ到達した者は
それまでの行いの清穢問わず
魂が浄化され
酒も楽しみ、肉も食べ、男女の営みを楽しみ、
魂が肉体に宿ることの楽しみを謳歌し、

人としての幸福を
成就する

きっと、縄文時代は、
日本はこの准胝観音の世界だったのでしょうね
 
↑出雲の八重垣神社(★八重垣神社の記事★

准胝観音の経典は、
性交を奨励している
と勘違いする人が現れる恐れがあるため
空海は、この教えを自分が認めた弟子にしか
教えなかったそうです。まさに密教中の密教。
最澄が「見せろ」と言っても見せなかった(笑)


でも、今では

その教えがオープンになり
検索すればポンと出る。
乱交目的に神の名や仏教をかたる
宗教家やスピ指導者などもいる昨今
空海は、こうなることを、恐れたのですね。
ヨガ実践者が書いた素晴らしい解説

醍醐寺の縁起は
真言宗の僧・聖宝(しょうぼう)=理源大師が、
上醍醐で修行をしていたところに
准胝・如意輪観音の化身であり
清瀧権現を名乗る女神が降臨。

女神が語るには
もともと唐の

青龍寺に住んでいたが、
青龍寺へ来た弘法大師に三昧耶戒を受け、
津なぐ妃の名をもらって、
大師を護りながら日本へ来た。
笠取山(奥秩父)の

東方の高嶺を居所と定め
水にちなんで(さんずいをつけて)

名を

清瀧と改めたという。

 

『津ツ』は、つなぐという意味。
★『つなぐ』を教えてくれた浜砂さん★
青龍寺つなぐ姫 

あらあら?
瀬織津姫(セオリツヒメ)
の音に似てない?

青龍は、セィロンと読みますね?
その後に、ツヒメ。

セィロンツヒメ

これがなまって、

瀬織津姫

になったんじゃないのかな?
ということは
清瀧権現=瀬織津姫
(これはずっと前から言ってます(*^^)v)
 

 
 
 

もうひとつ。


『大師と一緒に日本へ来た』

というのは
朝廷により
縄文からの神々が闇へと葬られ
神話が天皇に乗っとられてしまったため
女神の名前も姿も変えて

人々のそばにいられるようにと
弘法大師・空海と真の女神とで
新しい神・仏として人々に伝えよう。

と決め、
朝廷には、

「唐から連れ帰った新しい仏」

として伝え
民衆には、

「縄文からの女神に代わって」
皆を護るために来たと伝え

高野聖たちが
清瀧権現を

日本の滝という滝に

祀っていった。
のでは?

・・・・・
上の話をまとめると
要するに
准胝観音=清瀧権現=白姫
 ということですわ(*^^*) ★白姫とは?★

その白姫が、聖宝に
「私をここに祀れ」
と言って、准胝堂を建立。


なにはともあれ
光降


ご年配のHさんとSさんは
観音さまが降臨された地まで来て大満足
この先のお堂はもうやめとくわ~
と、ここから一足先に下山し始めることに。

私たちは、もう少し先のお堂まで頑張る。


薬師堂

その先に

五大堂が開いてました。
五大とは、五大明王のこと。
不動明王を含めた、五人の明王様たちのこと。

お堂の手前に
真ん中が聖宝さま(理源大師)
右が、役行者(えんのぎょうじゃ)さま


役行者さまは、醍醐水の手前にもいらっしゃったわ。

いつも助けていただき、感謝です(^人^)

失敬して、お堂の外から・・・

(もやっとしてるのは、線香の煙)


こちらは、白山大権現

白山は、十一面観音、菊理姫(白山ひめ)
を祀っていますが
准胝観音もみんな同一なんだと考えます。


開山堂

 

 

 

 




こちらは手前の石に
大日如来堂と書いてありますが

聖宝さまと、日輪・月輪の菩薩さまがいました。
大日如来さまは他に安置されてるのでしょう。


あれ?ここ、何堂だったかな?



こちらは、白河院(天皇)の墓所

白河院・・・
こないだ、秩父巡礼でも出会いましたね?★この記事★
龍に乗った女神のそばに一緒にいましたね?
ってことは、やはりあの話の
妙理権現=准胝観音=白姫( ̄∀ ̄)

さあて!下山しますよっ!
と、帰りに
さっき醍醐水の社の向かって右から登ったので
左側へ降りてみたら
そこに
土地の名前だと思うけど
横尾大明神社

狛犬が、まるでスフィンクス。
★アヌビスも狐も、同じ★だと思っております)

この社の裏に、大きな岩があり

その向こうに
清瀧宮がありました。
(向こう側から撮った)


目の前、崖っぷちなんで(笑)
(さっき、醍醐水のとこの光の写真の札の
上にあるのが、これ)

そして、
下山下山下山・・・
ここから降りる時点ですでに16時をすぎていました。
閉門は、17時。
下山下山下山
ひたすら無言で
下山下山下山
もうね
足が、生まれたばかりの子鹿のように
ぷるぷるしながら
下山下山下山
途中で
17時のお寺の鐘が鳴りはじめる・・・

あぁ、私たちシンデレラのようだわ
魔法が解けちゃうわ

なんて言ってる場合じゃない。
下山下山下山
ひたすら無言で
下山下山下山

下山したら、ソフトクリーム食べたい
との願いは叶わず。
駐車場の喫茶は閉店。
(遅すぎ)

ずっと下醍醐で待っててくれた
京都美人のKさんと合流

みんなで
ナオラ~イ

 

 

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翌日の下醍醐へつづく・・・