近藤史恵 『ふたつめの月』 (文春文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 2010年5月発行の文春文庫。

 『たったひとつの後悔』『パレードがやってくる』『ふたつめの月』と、3編の中編が収録され、それぞれがゆるやかに繋がっていて、全体を1編の長編小説とみることも可能だという構造である。

 裏表紙に、「近藤史恵版『隅の老人』第二弾」とあり、解説には『賢者はベンチで思索する (文春文庫) 』の続編であると記されていたので、せっかくだから第一弾から読んでみようと書店の書棚を捜してみたけれど、発見できなかった。作中で、主人公の久里子と赤坂老人がかつて巻き込まれた誘拐事件を回想する場面があり、それが二人の奇妙な関係のそもそもの始まりであったらしいことが暗示されるので、やはり前作から順に読んだほうがよかったのかも知れない。と言って、この『ふたつめの月』を読み終えて、ユルい内容にがっかりしたところだから、いまさらそちらを読む気にはなれないけれど。

 久里子は22歳のどこにでもいそうな女性である。『たったひとつの後悔』では、やっと正社員になれた会社をクビになり、落ち込む様子が描かれてゆく。その会社の元同僚に偶然に会うと、久里子が勝手に辞めたような話になっていて、どうもおかしい。久里子が会社をクビになった背景には、尊敬していた女性上司が絡んでいたのであり、赤坂老人に愚痴をこぼして励まされつつ、ようやくその真実に到達するに至るのである。なるほどこれも謎解きかもしれないが、「ものすごい悪人は出てこないミステリー」と解説者が言うのは、少し苦しいのではないかと思う。むしろ、イタリアに料理の勉強に出掛けている弓田譲との遠距離交際のもどかしさを含めて、若い女性の生態を描いた作品という傾向であって、すでにこの第一話で、これは自分のような爺さんを読者として想定していないのだと、早々と気づくことになる。

 『パレードがやってくる』では、一時帰国した弓田から、隣家の高校を中退してブラブラしている小園明日香を紹介され、彼女の相談相手になって欲しいと依頼されたことから、久里子が明日香に様々に翻弄されることになる顛末が描かれる。赤坂老人に愚痴るのはいつも通りであるが、飛鳥が久里子を困らせようとする理由は読者にも容易に想像のつくことであって、久里子が気づかないだけなのだ。とは言え、やがて明日香も軟化し、それは同時に久里子と弓田の関係を確認することにもなって、めでたしめでたしとなるのだけれど。

 実は、久里子は赤坂老人の住居も職業も何も知らず、会いたいときは、犬の散歩を兼ねて、彼がいつもいる歩道橋へ出掛けるのである。『ふたつめの月』では、かつての誘拐事件でも捜査にあたった刑事も登場し、赤坂老人が何故いつも歩道橋に立っていたのかが明かされることになる。と言っても、予定調和的な結末が待つだけで、あっと驚くような仕掛けが用意されているわけではない。ミステリーと捉えるならば、どこまでもユルユルの作品と言わねばならない。

 この作品の発表媒体は女性誌ではなかったろうか? それも、若い女性向けの。

 『サクリファイス (新潮文庫) 』以来この作家に注目し、歌舞伎界に題材を得た作品にも共感してきたけれど、今回は失望であった。こうした作品の系列であれば、角田光代あたりのほうが余程達者ではないかとも思う。

 もっとも、読者として想定していない老人に文句を言われても著者は迷惑するばかりであろうし、反省すべきは、若い女性向けの作品を手にした自分自身ということになるのだが。

  2010年6月9日  読了