松本清張 『武士くずれ 松本清張歴史短篇選』 (中公文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

還暦過ぎの文庫三昧

 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 2009年9月発行の中公文庫。

 カバーの著者略歴を見ると、松本清張は1953年に『或る「小倉日記」伝』で芥川賞を受賞しているが、作家専業となったのは1956年となっている。当時は芥川賞を得たからと言って即人気作家となるわけでもなく、清張としても慎重にならざるを得なかったのであろう。そして、この短篇集に収録の4篇の初出を見ると、1954年~56年である。すなわち、作家専業となる以前の、ごく初期の作品ばかりなのである。今日でこそ、松本清張はミステリー界の巨匠の地位を確立しているけれど、デヴュー当時は歴史時代小説の書き手と思われていたフシがあるし、本人も、その分野には比較的自信を持っていたのではないだろうか? 実際、当時はまだ新人作家の手によるこれら作品であるけれど、よくこなれていて、生硬さは感じられない。気軽に楽しめる歴史読物となっているのだ。

 『転変』は、関ヶ原以後の福島正則を描いている。と言っても、家康との関わりで物語は進行するので、正則の短絡ぶりを見るにつけ、家康の深慮遠望が際立つという仕組みだ。これは、最上義光を描いた『武将不信』も同様で、義光は秀吉在世中から家康を見込んで近づいたけれど、家康が天下人となってからは、結局は苦しい立場に立たされ、彼の死後は早々と改易・没収となってしまうのである。どちらも、徳川家安泰のための家康の長期展望に踊らされたというわけだ。家康だけでなく、本田正信・正純親子の謀計の妙というべきかも知れないけれど。

 『二すじの道』は、当時の戦国武士のありようを鋭く抉った作品である。合戦に向かう松平忠輝の行列を追い抜こうとした騎馬武者2騎を、部下たちが無礼討ちしてしまったが、2人は家康の旗本であった。家康は激怒し、忠輝に下手人を差し出せと言う。藩の危急に瀕し、下手人として江戸送りを承諾した藩士が現われるが、護送の裁量となった小沢水右衛門は彼らに縄を打つべきたと主張する。下手人となることを承諾した堀口平八郎は、縄を打たれる理由はないとして逃亡してしまう。こうした不手際もあって、忠輝はその後改易になるのだが、津和野藩に仕官した小沢水右衛門と偶然に出合った堀口平八郎は、忠輝失脚の原因を作った張本人として、水右衛門を打ち果たしてしまうのだ。何が正義であるのかを考えさせられる好短編であった。

 表題作である『武士くずれ』は、逆に、肩の凝らない読み物となっている。豊前小倉小笠原忠固が無類の将棋好きであったことから説き起こされ、藩主の将棋の好敵手となって可愛がられる家臣が次第に増長し、へぼ将棋を楽しむ二人の上司にも悪態をついて、城中で無礼討ちにされることへと発展する。ことが自分の将棋好きから始まっただけに、忠固としても穏便な処理をしたいところだが、城中での仕儀ではそれもならず、結局は切腹を申しつけ、しかし逃亡するよう仕向けるのである。そして、浪人の身となった二人のその後であるが、ともにやくざの用心棒となって敵対することとなり、それと気づいて、その場から逃げだすという物語なのだ。途中で話の筋が見えてくるというキライはあるが、楽しめるという意味では、収録の4篇の中では傑出しているようである。

 このところ松本清張ばかりを読んでいるような気がしないでもないが、新刊(再刊)点数が多く、気付けば購入したくなってしまうのだからやむを得ない。生誕100年の今年は、もう少しこの傾向が続きそうである。

  2009年10月24日  読了