橋本治 『双調 平家物語 5 女帝の巻 院の巻』 (中公文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

還暦過ぎの文庫三昧

 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 2009年8月発行の中公文庫。
 この巻は『女帝の巻』が中心で、『院の巻』はその端緒の一章が添えられているに過ぎない。ここでいう女帝とは、聖武天皇と光明皇后の間に生まれ、独身のまま帝位に就いた考謙(重祚後は称徳)天皇のことである。

 この時代、まず頭角を現したのは、藤原南家・武智麻呂の次男・仲麻呂であった。彼は光明皇后の寵を得て朝廷の権力を掌握していった。考謙帝との信頼関係も厚く、恵美押勝の名をいただくほどであった。彼は朝廷の官職を唐風に改め、紫微中台を足がかりに兵力さえも手にしていった。光明皇后が病を得て、考謙帝は看病のため大炊王に譲位され、仲麻呂の権力はさらに増した。何故ならば、大炊王は仲麻呂の傀儡に他ならなかったからだ。

 しかし、仲麻呂は譲位後の考謙帝を軽く見すぎたようである。天武・持統以来の直系を自負する考謙帝は重祚し、大炊王を廃し淡路へ追放するとともに、仲麻呂と対立することになる。仲麻呂は朝敵となり、ついに討たれてしまうのだ。

 だが、独身女性が天皇位にあるということは、皇統が不安定であるということである。東宮さえ決まらないのだ。さらに混乱に輪をかけたのが、道鏡の登場である。称徳帝は道鏡に皇位を譲りたいと真剣に願われたようである。宇佐八幡宮のお告げにより、道鏡が帝位に就くことは不可となったわけだが、その後の女帝の振舞いはいささか狂気に満ちていると言わねばならない。

 仲麻呂、道鏡と、女帝を取り巻く者たちの変遷は詳細に述べられているが、女帝が死に、道鏡が追われてからは、この作品、にわかにあわただしい展開となる。女帝の時代、「ただの酒飲み」と思われ、目立たぬ存在であった白壁王が光仁天皇となり、さらにその子の桓武天皇へと帝位は移ってゆき、その後長岡京、平安京へと遷都が続くことになるのだが、著者はその理由に怨霊の存在を述べつつも、急ぎ足で通り過ぎてゆくのだ。この次に著者が大きく取り上げたいのは白川帝であり、藤原道長の絶頂期も含めて、平安京における天皇家と藤原摂関家との蜜月に似た繰り返しにはあまり興味がないようなのである。

 とは言え、望月の栄華を得た道長の時代に、藤原家の没落の萌芽は芽生えていたのである。道長と不仲のまま即位した三条天皇。そして、その娘・禎子内親王と後朱雀天皇との間に生まれた後三条天皇こそは、藤原摂関家を外戚として持たず、その弊害に立ち向かう存在となるのだ。後三条天皇のお子である白川帝は、その即位のとき、すでに摂関家の助力を仰ぐ必要がないほどに、力を備えておいでだったのである。

 というわけで、いよいよ次巻は『院の巻』、その次は『保元の巻』と続いてゆく。ようやく平家物語にふさわしい人物が登場し始めるはずである。ここまで、長い序章を読み継いできたようなものであり、ようやく本番が近付いたという興奮が湧いてくる。

 著者が平家と源氏の物語をどのように紡いでゆくのか、楽しみでならない。

  2009年9月12日  読了