堀江敏幸 『もののはずみ』 (角川文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 2009年6月発行の角川文庫。

 堀江敏幸の著作を書店の文庫コーナーで見かけると、ためらわず購入してしまう。内心では、『いつか王子駅で 』や『雪沼とその周辺 』のような作品を期待しつつ、しかし内容を確認しないまま、とりあえず買ってしまうのだ。この作家には大学教授・フランス文学者の顔もあり、そちらが前面に出ていると、自分の能力では理解を超えた文章に遭遇することになって、必ずしも楽しい読書とはならないのだが、それもまたよし、と思ってきた。だが、今回ばかりは、著者の名前だけで購入したのは失敗だったようである。

 この作品は、「主としてフランスで出会った『もの』たちについての、他愛のないひとりごと」と著者自身が述べているように、「もの」についてだけを延々と繋げたエッセイ集であった。著者が心惹かれ、手に取って眺め、ときに購入して手元に置き、秘かに悦に入る「もの」たち。それは文具であったり、時計であったり、人形であったり、木製トランクや木靴であったりと、じつにヴァラエティに富んでいる。各編は3ページほどの短い文章で統一されており、おそらくは著者撮影であろう「もの」の写真が添えられているので、読み進めることは楽である。

 ただ、著者は子供のころからあらゆる「もの」に関心があったということだが、逆に自分は、ほとんど関心を持ったことがない。貧しい環境で育ったので、必要な「もの」が最低限でも揃うかどうかが問題であって、それを吟味したり嗜好に合わせたりする余裕などはなかったのだ。使えさえすれば何でもいいのである。ついでに言えば、自分には「買い物を楽しむ」ということはなく、むしろ、どうしても必要なものを買いにゆかねばならないのは苦痛以外の何物でもない。したがって、著者が屋台であれ商店であれ、あるいはアンティークショップなりに入って、「もの」との出会いを感動的に述べても、一向に共感できないのである。それどころか、写真で見るかぎりそれらはガラクタであって、著者の名文をもってしても、とても感情移入はできず、少々辛い読書となってしまったのである。

 エッセイは、好きな作家の思考回路を探ることができたり、作品創作のヒントを知ることができたりと、小説とは異なる魅力もあるのだけれど、あくまで「もの」の羅列である今回は、そういう楽しみからも薄かったように思う。逆に言えば、「もの」に拘って生きている人には、この作品はお薦めなのかも知れない。読者を峻別するエッセイ集なのであろう。

 とりあえず最後まで読んでみたけれど、どこまでも自分には不向きな作品であった。

  2009年7月30日  読了