文春文庫4月の新刊。1975年に文庫編入された作品の新装版であり、3月刊行の『源平篇』の続刊ということになる。
この『戦国揺籃篇』には、足利尊氏、楠木正儀、北条早雲、斎藤道三、毛利元就、武田信玄、織田信長、豊臣秀吉と、計8名の人物史伝が収録されている。同じ一冊の文庫本であっても、中味は濃く、読み応えは十分である。
戦国で括られているが、足利尊氏と楠木正儀は、『源平篇』収録の楠木正成と併せて、『太平記』の世界の住人であり、他の6人が戦国下克上の風雲を生きたのに対して、あまりに時代が隔絶している。かつては「太平記読み」という言葉があったほどで、後醍醐天皇の建武新政から南北朝時代にいたるこの時期は、楠木正成の忠臣ぶりが喧伝されたこともあって、人気を博していたはずなのに、最近ではこの時代を扱う歴史小説も数少ないような気がするし、自分としても、あまり関心を持てず、歴史の空白になっていたように思う。逆にそれだからこそ、正成、尊氏、正儀の史伝は新鮮に感じて、面白く読めた。尊氏が名門家の坊ちゃん然としているのは親しみが持てたし、正儀が父の正成に比して不肖の息子呼ばわりされるのを、著者が同情して挽回に努めているのも愉快である。
早雲、道三、信玄、信長、秀吉については、長編小説で一度ならず接しており、今回はそのダイジェストを読んでいるような感じであった。自分にとっては、あまりメジャーな武将よりも、ややマイナーな位置にいる人物のほうが、せっかくの列伝を読む価値が高いようだ。そういう意味で、毛利元就の生涯に概括的とはいえ触れることができたのは、今回の収穫であった。元就については、中国地方の雄であったことと、三本の矢の伝説くらいしか知るところがなかったし、『悪人列伝』で読んだ陶晴賢の記憶とすり合わせるという楽しさもあったからだ。
この作品は小説ではないので、例えば秀吉の出自や幼年時代は、はっきりと「わからない」と述べている。史料があっても、その信憑性を著者自身の判断で述べ、取捨選択してゆく。そういう態度が好ましいのである。『悪人列伝』を読んだ時にも書いたことだが、こうした作品を高校あたりの歴史の副教材にすれば、彼らも楽しく歴史を学ぶことができるのではないかと思う。
今月は新潮文庫からも著者の『幕末動乱の男たち』(上下)が出て、このところ海音寺潮五郎ブームが再燃しているかのようである。ファンとしてはうれしいかぎりだが、忙しくてならない。
2008年4月24日 読了