松本清張 『点と線』 (新潮文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 新潮文庫の改版。つい最近テレビドラマ化されて高視聴率を記録したらしい記事を読んだ覚えがあり、つい手にしたのだが、再読であるにもかかわらず、読み始めたら止められなくなってしまった。さすがに松本清張の出世作であり、究極のアリバイ崩しを楽しむことができた。

 冒頭、この作品を一躍有名にした東京駅のホームでの出来事が描かれる。横須賀線13番ホームから15番線に待機する「あさかぜ」を見通すシーンだ。機械工具商の安田辰夫が、××省××課の課長補佐・佐山憲一と割烹料亭「小雪」のお時とが旅立つところを、「小雪」の同僚の八重子ととみ子に目撃させるのである。東京駅は列車の発着が多く、いつもはホームとホームの間の視界を列車が遮るのだが、この時間だけ、4分間の空白があって、隣のホームの乗客を見ることができた。事件が起きた後、警視庁の三原刑事は、その目撃情報に作為を感じ、安田に疑いを抱き、真相の追究に懸命に取組むことになる。

 佐山とお時は、福岡市の香椎浜で死体となって発見される。一見、心中死であり、事件性はないかに見えたが、佐山が××省の汚職事件で鍵を握る存在であったため、三原刑事が出張してきた。現地では、鳥飼刑事が心中死を疑い、独自に捜査を進めていた。三原刑事は鳥飼刑事と行動をともにし、次第に事件性に確信を持つ。

 東京に戻って捜査を続け、安田が容疑者として浮かんでくる。彼は××省の出入り業者でもあった。だが、二人が九州で死んだ当日、彼は北海道にいて、その裏付けも取れてしまうのだ。列車の時刻表と、航空便の運行までも調べるが、安田は事件の圏外にいるかのようだ。彼はそれぞれに見事に手を打っていたのである。

 だが、作為の積み重ねは不自然でもある。三原刑事は北海道まで捜査の足を伸ばし、ついに安田の小さな綻びを発見して、彼のアリバイ江作を突き崩してゆく。事件の背後には、××省の汚職を隠蔽しようとする官僚の姿も垣間見えて、推理小説の面白さを存分に提供しながら、権力への怒りを籠めているあたりは、社会派の名に相応しい出来映えである。

 正直なところ、作品発表の1957年当時には電話の普及も進んでおらず、もちろん新幹線もなく、警察でさえ遠隔地へは電報を打って照会したりするわけで、携帯全盛の今日の若者には違和感があるかも知れないと思う。しかし、社会が変わったからといって、名作の評価が割引されるはずはないことを、この作品は力強く語っているようにも思う。

  2008年4月5日  読了