宇江佐真理 『君を乗せる舟 髪結い伊三次捕物余話』 (文春文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 文春文庫の1月新刊。髪結い伊三次シリーズの第6弾である。

 正直言って、前作の『黒く塗れ―髪結い伊三次捕物余話 』あたりから、このシリーズはつまらなくなってしまったような気がする。確かにタイトルは「捕物余話」であり、「捕物帖」ではないけれど、当初の伊三次は、回り髪結いの仕事をこなしながらも、同心・不破友之進の小者として捕物に参画していたはずである。不破の強引な指図に反発することもあったけれど、回り髪結いとして江戸の町を歩き回ることが情報収集に繋がっていて、結果、不破と協力して事件解決となり、読者としても、その設定に斬新さを感じることができたのである。

 芸者のお文と伊三次との恋の行方も気をもませたものだが、そのお文と所帯を持って、子供まで生まれて、前作はすっかりホームドラマになってしまっていた。さすがに著者もその点は反省したのか、今回はお文の登場は控え目となったが、代わって、不破の息子・龍之進の見習い同心ぶりが物語の根幹を成そうとしているのは、果たしてどうなのだろうか? 全6作の連作短編が収録されているうち、『八丁堀純情派』『その道行き止まり』『君を乗せる舟』の3編は、完全に龍之進が主役で、伊三次も不破も脇に回っているのである。しかもその3編は連作とは言い難く、龍之介たち見習い同心が、世間を騒がせて本所無頼派と呼ばれている一味と対決してゆくというストーリーを分割掲載したような構成になっていて、シリーズとしてはいささかルールを逸脱しているようにも思うのだ。そして、本所無頼派のリーダーが誘拐しようとしたのは、かつて龍之進が通っていた私塾の娘であり、その関係で、危ういところを助けることができたという結末も、相当に無理のある強引な展開ではないかと思う。

 この第6弾では、冒頭に置かれた『妖刀』だけが、わずかに伊三次のシリーズに相応しい。旗本家伝来の刀にまつわる怪奇譚で、伊三次は勇気を奮ってその刀があると思われる女隠居の屋敷へ単身で乗りこんでゆくのだ。この1作には、不気味な面白さが漂っていた。

 宇江佐真理という作家には、新感覚の時代小説の書き手として期待するだけに、シリーズものが安直に陥ることだけは、避けて欲しいと願っている。

  2008年1月16日  読了