新潮文庫12月の新刊。著者の作品を読むのは初めてである。
500ページを越す長編経済小説であるが、実に巧みに読者を虜にする工夫が凝らされていて、久しぶりに夢中になって読んだ。しかし、著者の略歴を見ると、スパイ小説、サスペンス、犯罪小説と、多彩なジャンルの作品を発表していて、むしろ経済小説は例外であるようだ。それでいてこの出来映えとは、エンタティメントの書き手として、驚くべき豊饒な才能だと思う。
冒頭、スバル運輸の営業部次長・吉野公啓が、新規事業開発部の部長を拝命するところから、いきなり緊迫感に満ちている。昇格人事に見えても、実質的には左遷なのだ。吉野は抜群の営業成績を残してきていたが、強引な手法は社内に敵を作ってもいたのである。
営業の第一線から外れ、新規に4億の年商を獲得するノルマを与えられ、吉野の孤軍奮闘が始まる。彼は文具の通販ビジネスをヒントに、新たな商流を創造し、スバル運輸を単なる輸送会社からマーケッティング・カンパニーへと飛躍させるという壮大な夢を描き、その実現に邁進してゆくのだ。
だが、新たな商流を創造するためには多大な投資も必要であり、会社上層部の指示が得られない。吉野の直属の上司である三瀬常務は、吉野が失脚することを待ち望んでいて、吉野の計画にことごとく反対する。
ただ一人の部下である立川を鍛え上げ、蓬菜という意欲ある若者に着目して協力を頼み、吉野は一つずつ難問をクリアして、目的に向かってゆく。蓬菜の妻で大学生の藍子がアイデアを提供することで、吉野の計画はさらに厚みを増してゆく。この小さなチームと会社との軋轢がこの作品の読ませどころとなっていて、果たして吉野のプランが実現に至るのかと、ハラハラの連続なのだ。その一方で、立川も蓬菜も着実に成長してゆき、吉野自身も企業人として脱皮してゆくのである。その成長物語も、この作品を支える大きな要素となっているし、特に蓬菜と藍子の若い夫婦の描き方には好感が持てると思う。
我々は、町の文具店が繁盛しているように見えないのに収益を上げていることを知っている。彼等は文具通販の代理店となっていて、売上の大半は通販で稼ぎ、店売りに期待しているわけではないのだ。その仕組みを逆手にして、奇抜なアイデアで新たな商流を創るという発想も、この作品を面白くしている一因であろう。
文章のテンポ、ストーリーの展開とも申し分なく、郵政民営化後の運輸業界が抱える問題などにも肉薄しており、さらには企業内部の人間のエゴなども炙り出されていて、まさに一級の経済小説であった。
2008年1月6日 読了