松本清張 『わるいやつら(下)』 (新潮文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。


 新潮文庫の改版の下巻。1960年~61年にかけて「週刊新潮」に連載された作品。遠距離電話が交換台経由であったりして時代を感じる部分もあるが、その他の部分で古さが気にかかることはない。

 下巻では戸谷の受難が始まる。殺人を犯したような「わるいやつ」に受難の言葉は不似合いだけれど、美貌と資産に魅せられてモノにしようと精一杯奮闘している槇村隆子にはいいように翻弄され続け、お金を引き出す算段をしていた藤島チセには門戸を閉ざされ追っても逃げられ、扼殺したはずの寺島トヨの死体は消えてしまい、信頼していた友人の弁護士・下見沢作雄には裏切られ病院の土地を根こそぎ奪われて、挙句は、横武たつ子とチセの夫・藤島晴彦の殺害の主犯と見做されて、無期懲役の刑を受けることになってしまうのは、少しは同情したくもなろうというものである。タイトルが「わるいやつら」と複数形になっているのは理由があってのことで、戸谷も確かにわるいやつであるが、もっと大きなわるいやつが存在していて、しかも彼等は戸谷が服役となったことを尻目に、裏で高笑いをしているはずなのだ。

 それにしても、下巻に入ってからのストーリー展開は見事である。チセが新しい恋人らしい男と旅行中であることを知った戸谷が彼女の旅先を追いかけるシーンは、後になって重要な意味を持ってくるし、トヨを扼殺した現場の変化も戸谷を悩ませ、後になってこれもその理由を納得させられることになる。後半の警察と戸谷の攻防も迫力満点で、戸谷が次第に追い詰められてゆく様子が見事に描かれている。戸谷は最初は別件で任意同行を求められたのだが、警察は既に傍証を固め、逮捕状も取って待ち受けていたのだから、彼はもうその時点で逃げ道はなかったのだ。そして、物語の最後の最後で、下見沢と隆子の正体が一枚の看板でさりげなく明かされるあたり、実に心憎い結末である。松本清張の物語を紡ぐことのうまさに脱帽しつつ、一息に読み終えてしまった。

 ところで、テレビドラマの予告では、主演のスタイルのいい美人女優が看護婦の格好をしていた。となると、寺島トヨを演じることになるのだろうが、大丈夫だろうか? ドラマと原作とは別物であると承知しているし、自分はドラマを見ないのでどうでもいいのだが、どう考えても、トヨと主演女優とではイメージが乖離しすぎているように思うのである。

  2007年1月20日 読了