松本清張 『わるいやつら(上)』 (新潮文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。


 新潮文庫の改版。テレビドラマ化の影響か、書店には大量に平積みされていた。

 悪徳医師を主役とした犯罪小説である。父親が築いた病院を継いで院長となった戸谷信一は、患者が減って赤字となっている病院の経営を立て直そうという意欲もなく、ただ病院長という社会的な立場だけを利用し、女を騙しては金を巻上げる算段ばかりをしている。

 戸谷のほかの主な登場人物は5人。このところの戸谷の金蔓である横武たつ子と藤島チセ、次の標的として狙っている槇村隆子、父の代からの看護婦でいまは婦長の寺島トヨ、そして戸谷の友人の弁護士・下見沢作雄だ。この下見沢の実体がよくわからないのが不気味である。戸谷は彼の紹介でたつ子やチセ、そして隆子を知り、次々と肉体関係を持ち、次にはお金を引き出そうとしているのだが、下見沢はそれを知っているはずなのに見ぬふりをしている。そして、隆子がなかなか落ちないのを面白がっているようだ。

 物語は、戸谷が隆子をモノにしようと奮闘努力する模様を描き、たつ子やチセとの交渉とかけひきを執拗に追ってゆく。相手に他の女性の存在を知られぬように保ち、しかも纏まったお金を出させようというのだから、彼もそれなりの苦労をするわけだ。

 婦長のトヨは、かつては父の愛人であり、戸谷とも関係を結んでいた相手である。彼女は戸谷の行動をよく監視している。たつ子の夫が死亡し、夫の弟の策略でたつ子が資産を継承できないことになったとき、戸谷は彼女が邪魔になるのだが、それを察したトヨが彼女の殺人をお膳立てし、病死を装って殺してしまうのだ。殺人を犯すのに、医師という職業は便利にできている。

 チセからもっと多くのお金を引き出すには、彼女の夫の存在が障害となっている。戸谷はチセと共謀し、今度も医師の立場を利用して夫を殺害してしまう。そして、殺人の秘密を握るトヨが危険な存在となっていることを思い、次には彼女を絞殺してしまうのである。

 松本清張らしく、読者を力づくでぐいぐい引き込んでゆき、この上巻では、三つの殺人が発生した。小説の構想として、犯罪者が最後まで笑い続けるとは考えづらいので、戸谷には何らかの掣肘が科されると思うのだが、さて、下巻ではどんな展開が待ち受けているのだろうか。

  2007年1月19日 読了