監督 ギャビン・フッド
キャスト
エイサ・バターフィールド エンダー・ウィッギン
ハリソン・フォード ハイラム・グラッフ大佐
ベン・キングズレー メイザー・ラッカム
ビオラ・デイビス アンダースン少佐
ヘイリー・スタインフェルド ペトラ・アーカニアン
アビゲイル・ブレスリン ヴァレンタイン・ウィッギン
映画.comより
オースン・スコット・カードが1977年に発表し、アメリカSF界の権威であるヒューゴー賞とネビュラ賞をダブル受賞した名作小説「エンダーのゲーム」を映画化。
異星人の侵攻を受けた地球は、衛星軌道上に「戦いを終わらせる者」を育成するバトルスクールを設立し、世界中から優秀な子どもたちを集めていた。
一家族がもうけられる子どもは2人までと定められた世界で、禁断とされる3人目の子ども=サードとして生まれたウィッギン家の少年エンダーは、それゆえに冷遇されて育ったが、やがて才能を見込まれバトルスクールに送られる。
優秀な成績をおさめ、みるみる頭角を現すエンダーに周囲は「戦いを終わらせる者」として期待を寄せるが、エンダーは戦うことへの疑問と重い宿命に苦悩する。
そんな中、最終戦争の時が迫り……。
エンダー役は「ヒューゴの不思議な発明」のエイサ・バターフィールド。監督は「ウルヴァリン:X-MEN ZERO」のギャビン・フッド。
原作者自らもプロデューサーとして製作に参加している。
あらすじ・感想
50年前に昆虫型生命体「フォーミック」の攻撃を受け、その時は一人の英雄の働きで撃退したものの、次の攻撃に備えて少年兵士を養成する機関が設立されているという背景。
エンダーがサードとして生まれたいきさつ等は、映画からはあまり読み取れず、この辺りはかなり端折った印象を受ける。
育成機関の責任者であるハイラム大佐は、最初からエンダーに目を付けて、思い込み強すぎ。
養成機関で次第に頭角を現して行くエンダーの姿は「立身出世もの」としてそれなりの構成。だが短い尺でこなそうとするから、ダイジェスト的表現にならざるを得ない。
模擬戦闘で目覚しい成果を挙げたエンダーを妬んだ者から暴力を受けた際に、反撃の結果相手を回復不能な状態にしてしまう。激しいショックを受け、養成所を離脱するエンダー。姉に諭されて復帰。
復帰の場には艦隊指令の役職が用意されていた。
敵の前線だった惑星「エロス」に設けられた指令基地で実戦を前提とした大規模なシミュレーションを繰り返すエンダーたちクルー。
卒業課題として最終のシミュレーションとなり、それと対峙するエンダーたち。開始の時、敵戦艦が1機で静止している。
エンダーは躊躇するが、促されて戦闘開始。巧みな戦法で敵艦の大部分を撃滅するが、母星からの膨大な量の敵の存在。撃滅のためには母星そのものを破壊しなくてはならず、分子分離装置「リトル・ドクター」での一撃が必須。敵の攻撃網に対し、リトル・ドクターを無人機の集団で幾重にも守り、星の大気圏に突入する捨て身の作戦。
作戦の成功を喜ぶエンダーとクルーたち。だが様子がおかしい。
シミュレーションの映像はその先も続いていた。
シミュレーションだと思っていたのは、実戦だった。
敵とはいえ、1つの種族を星ごと消滅させてしまった事に愕然とするエンダー。
訓練の合間に親しんだ「マインド・ゲーム」で体験した場所をその星に見つけ、そこへ向かうエンダー。
地下の洞窟を進み、1匹だけ残ったフォーミックと対峙するエンダー。
その者の前にはぼんやりと光る繭の様なもの。
女王バチの卵か?提督の地位を手に入れたエンダーは、フォーミックと約束した、彼らの次の移住先を探す日々を続ける。
少年が少しづつ階梯を登って行く話は、ドラマの基本として心地よいものであり、その点ではある程度成功している。
名作小説の映画化という事で、どうしても圧縮せざるを得ない部分もあったと思うが、まあそこそこうまくまとめていた。しかし昆虫型生命体があそこまで高度な技術を獲得出来るのか、ちょっと説得性が低い気がする(指ないし・・・・・)。
この辺りの確認のためにも原作を読んでみたい。
またハリソン・フォードは、この物語に出す意味をほとんど感じなかったが、妄想に取り付かれた老監督官という事なら、まあナットク。
オフィシャル・ホームページです。
http://disney-studio.jp/movies/ender/index.jsp