「虐殺器官」 伊藤 計劃 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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    追記 この作品のアニメ化がある(コチラ

 

感想
久しぶりに息子の方から流れて来た本。

噂には聞いていたが、わざわざ買うところまでの興味はなかった。そういえばちょっと亜流の女流漫画家が絶賛していた(誰だった?)
驚いたのは何のストレスもなく読み進んで行ける文章力の高さ。
新手の兵器による戦場の描写など、コンバット・ゲーム世代のキャッチーさはあるが、その世界観にスンナリと入って行ける。

時代は2020年代頃か。

ケビン・ベーコンをふた昔前の俳優と言っている程度の未来。
暗殺を職業とする特殊部隊員のシェパードが主人公。

殺戮小説を「ぼく」という一人称で語る。

つっこみどころはけっこうある。あれだけ冷酷に人が殺せる割りに、母親の生命維持中止の決断をした事に延々とこだわり、夢に出て来る死者の世界も頻繁に出て来る。
ルツィアとの絡みも、基本的に甘すぎる感じは否めない。

それはジョン・ポールにも言える。言葉が虐殺のための器官足りうるという悪魔的な発見については、もっと周到に計画すれば、彼の仕業とすぐバレる事はなかったろうから「惜しい」気がする。ただそうなると暗殺者に追われる設定もなくなるし、これはこれで必要な設定か。

まあ、題名に虐殺という言葉を使っているんだから、悲惨な話は承知の上でセンチメンタルなドラマを積み上げているとしたら、これはけっこう「やるなー」といったところか。


小説のネタとしては、簡単にSFとして架空の超現実に頼らず、リアリティで押し続けた部分には好感が持てる(SFも好きだけどね)。
舞台をアメリカとしたのも、物語のスケールから言って日本では成立しなかったから当然と言えば当然。

 

しかし、2009年に34歳の若さで亡くなったのは、何とも残念。

この小説についても、癌の肺転移の手術後の長い抗癌剤治療の後に、10日あまりで書き上げたものだとは。

母親の言葉によれば7年前、右足膝下の神経に癌が見つかり、手術した数年後転移したとの事で、その時根治出来なかったのが本当に惜しまれる。

長編のもう1作「ハーモニー」は自分で購入して読むべきだろう。

帯の書評で宮部みゆきが「私には、3回生まれ変わってもこんなにすごいものは書けない」と言っている。そこまで自虐的にならんでも、と思うが、まあ同意ですネ(ジャンル違うし)。

 

 

あらすじ

第一部
プロローグ。

母と一緒に辿る死者の世界。刷り込まれた夢の空間。
クラビス・シェパード。米国の特殊部隊に所属。業務は暗殺。
標的AとBの同時暗殺。

メンバーはシェパード、ウィリアムズ、アレックス、リーランドの4名。

敵国に潜入して少年を含む現地兵を殺しながら標的に接近。

標的Aはこの国の国防大臣(准将)。狂気の内戦の扇動者。

ただ、シェパードに殺される寸前になって「なぜこんな事になってしまったのか」と戸惑う。

同時に殺す筈の標的Bは現れないと言う。

標的Aに関する任務を遂行するシェパード。

 

第二部
あの准将を殺してから2年が過ぎた。

この間に同僚のアレックスは自殺。

シェパード達はこの2年の間に5回のミッションを行い、そのうちの4回で殺すことが出来なかった男がいた。

2年前の標的B「ジョン・ポール」。
IDを悟られない様にと国防総省(ペンタゴン)から召集を受けたシェパードとウィリアムズ。
内戦下のソマリアに絡んで武装勢力代表のアフメドを拘束した件の説明。アフメドは高等教育を受けていた者だが、ソマリアの実情を広報するためにジョン・ポールを雇い入れ、その結果あっという間に国中が混乱に陥った。

予防的作戦としてジョン・ポールを追う指令が2人に下った。

ジョン・ポールが女のところに現れたという情報を得てチェコに。
ルツィア・シュクロウプ。ジョン・ポールの女と思われる者。

彼女は外国人にチェコ語を教えることで生計を立てていた。

広告代理店の人間を装い、彼女の教室に入ったシェパード。
ルツィアから、とりあえず1ケ月の個人レッスンを受ける事を決める。話の流れでルツィアがジョン・ポールとの話を少しづつ話し始める。

不自然さのない様注意深く話を合わせるシェパード。
ルツィアの家を出た後、尾行に気付く。

不意打ちで相手を組み伏せ、男の生体情報を採取。
アジトに戻って分析するも、男の網膜と指紋は別の人間の情報であり、偽造されていた。

次第に固まっていくジョン・ポールの人物像。

IDトレースによれば、彼がルツィアと一緒に居た時刻にサラエボの核爆発で彼の妻子が消滅していた。

3週間後、その地に立つジョン・ポール。
半年の後、突然PR会社に就職。国家をクライアントとする案件担当として複数の国を掛け持つ。ジョン・ポールが担当した全ての国が内戦状態となり、おびただしい虐殺が行われた。

強制されて会社を辞めたジョン・ポールはぷっつりと姿を消した。

 

第三部
カフカの墓が見たいとルツィアに申し出るシェパード。
その道程で少しづつ立ち入った話に進み始める。

ジョン・ポールに妻が居る事を話すルツィア。

彼女はもう1箇所つきあって欲しいという。
若者の集まるクラブに案内するルツィア。

店のオーナー、ルーシャス。ここは認証の不要な店だった。
少しシェパードに気を許し、ジョン・ポールの妻子が死んだ時の事を話し始めるルツィア。
母に対する自分の罪を話すシェパード。

車に轢かれて心停止状態になった後、延命処置により生命だけは維持している母親の元に駆けつけたシェパード。

数えきれない殺人を経験した者にとっての母親の死。
治療中止に同意したが、その罪の意識がずっと彼を支配していた。

店を出てから尾行の存在に気付き、逃げる2人。

先回りしていた男にアタックし、銃を取上げ撃とうとするが作動しない。ID登録された銃だった。
その時、突然両手の指先に激痛を受ける。
「逃げる必要はないよ」薄れゆく意識の中で見た声の主。

ジョン・ポール。
囚われたシェパード。店のビールにナノマシンが仕込まれており、外部からの指令で末端神経にダメージを与えられたのだ。
ジョン・ポールの口から明かされる大量殺戮の真相。

戦争が始まる前のありとあらゆるテキストデータを集約し、文法分析にかける。虐殺には文法があった。脳の中にあらかじめ備わった、言語を生み出す器官。その器官が発する、虐殺の予兆。

ジョン・ポールが去った後、クラブの店に戻されるシェパード。
ルツィアの前で自分の正体が暴かれた。苦痛に満ちた間。
そこへウィリアムズ達の救援。辛くも救出されるシェパード。

 

第四部
ヒンドゥー・インディア共和国暫定陸軍のリーダーらを逮捕する指令が下る。
作戦行動。敵地への侵入は成功し、降伏する幹部たち。

部屋の片隅にジョン・ポールが。
捕虜を移送させるための列車。前世紀からの骨董品。
捕虜を乗せて走り出す列車。ジョン・ポールとの会話。
ウィリアムズからの連絡で、列車を追跡する存在に気付く。

その直後に攻撃。凄惨な闘いが始まる。お互いが痛覚をマスキングしている兵士たち。

腕を失い、内臓がはみ出しても戦闘を続ける。

 

第五部
爆撃の隙にジョン・ポールは姿を消した。経験した事のない無残な不意打ち。院内総務に黒幕が居るとの確信。
ジョン・ポールに関する最後の作戦のためにアフリカへ向かうシェパードとウィリアムズ。
ポッドのリリース寸前に攻撃を受ける爆撃機。

自らフックを切り離しヴィクトリア湖に着水。
ヴィクトリア湖では遺伝子操作された鯨やイルカが飼育され、その肉は人工筋肉として各種兵器に利用されていた。この土地の一大産業。この地域の独立運動にジョン・ポールが関係。

ジャングルを、待ち伏せを避けながら敵アジトに接近するシェパード。
ゲストハウス近くで兵士が「マダム、ポール」と声をかける。

兵士をやり過ごした後、彼女が入っていった部屋に入るが、そこにはルツィアはおらず、拳銃を持ったジョン・ポールが。
彼は語る。虐殺の文法は食料不足に対する適応だという。

固体数を減らすことで食料の安定が確保される。

そこへ銃を持ったルツィアが現れる。彼女は、妻と子を裏切っていた自分が許せなかったために、残虐性が人間の本性だと思いたかったのだと言う。ジョン・ポールはそれを否定。

「愛する人々を守るためだ」。
ジョン・ポールを逮捕する様頼むルツィア。
その時、ルツィアのこめかみに銃弾が。

ウィリアムズがやったのだ。

2人に暗殺命令が出ていたのをシェパードは知らなかった。
手榴弾を投げ、ジョン・ポールと共にその場を脱出するシェパード。
ジャングルの終わった先に停車しているジープ。

銃声とともに倒れるジョン・ポール。
作戦終了を告げる黒人兵士。ウィリアムズは死んだという。

 

エピローグ
帰還したシェパードは軍を退役した。ジャングルの中でジョン・ポールからメモ帳を渡されていた。

難解な内容だったが、そこにあったアドレスには、虐殺の文法を生成するためのエディターがあった。
彼は、それを出来るだけ音楽に似せようと努めた。

言葉は文字に起こされ、アメリカという情報の織物に染みこんで行った。アメリカ以外のすべての国を救うために。