新聞小説「麗しき果実」(3) 乙川優三郎 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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感想

まだ鈴木其一との話が続くかと思ったが、祐吉との別れから進展のペースが速くなり(2)から1ケ月足らずで終幕。
気になっていた松江での過去が明らかになり「そういうことか」と一応納得。ただ、そこまで引張って伏せていたほどの内容でもない。

 

新聞小説としては以前の「讃歌(篠田節子)」以来、読破2作目。
あまり馴染みのない蒔絵を題材にし、それも女蒔絵師が主人公であり、当初は読み続けて行けるか若干自信がなかったが、大きなストレスなく続けられたのは、作者の筆力の高さにもよるだろう。

 

全て創作であれば、もう少しドラマチックなものにもなったかも知れないが、酒井抱一、原羊遊斎という実在の人物の周辺を描いたものであり、妥当なところ。

 

主人公の理野を軸に胡蝶、妙華尼、鶴夫人、きぬ女ら男たちを陰で支え続ける女達を描くことで、理野の生き方も際立つ。
ただ、新聞小説としては「地味」かな~。


You Can Fly

 

あらすじ

8月21日(182)~9月9日(201)

打ち込み続けた創作の硯箱が完成したある晩、仕事場に鈴木其一が尋ねて来た。
朝顔の絵が出来たという。

ありったけの灯りで部屋を明るくし、迎え入れる理野。
飾りのない言葉で感想を言う。共通の喜びを確かめ合う二人。


今度は自分が打ち込んで作った棗と硯箱を其一の前に差し出す。

理野の情炎、暗い喜びを敏感に感じ取る其一。

この時になって理野は、浅はかな熱情から別の人を選んでしまった事に気付く。
今までの其一とのやり取りを思い出し、その慕わしい思いを塗り込めながら、江戸を去ることを彼に告げる。
いくばくかのやり取りの中で、多少挑発する言葉を投げる理野。

其一は動揺するも沈黙。
いつも熱い感情を突き合わせながら、重なることのなかった思い。

男の悔いは女の胸にも染み渡った。

 

夢に啓示を受けて、今までに関わりのあった人に自分で蒔いた櫛を贈るため、彼女らを尋ねて回る理野。


胡蝶  :原羊遊斎の妾
鶴夫人:亀田鵬斎の妾
きぬ女:蒐集家「大澤」の妾
妙華尼:酒井抱一の妾

 

妙華尼のところで話すうちに、かつての松江での事を振り返る理野。
松江で蒔絵師の一家として暮らしていた時、理野は出入りの木地問屋の二男と仕事の繋がりから親しくなった。

末は夫婦になるとの思いで男女の関係になった二人。
だが、それから二年が過ぎようとする頃、男は自分のことを皇族の末裔だと言い出し、妻を娶ることは出来ないと別れを切り出す。

つらい時間を経た後の別れ。

 

その当時は怨みを覚えたが、今江戸を捨てて松江に帰るという理野自身も男と違わない気がした。

 

残された僅かな日々の後、最後に不忍池に立ち寄る理野。