新聞小説 「麗しき果実」(2) 乙川優三郎 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

日々接した情報の保管場所として・・・・基本ネタバレです(陳謝)

バックナンバー  (1)  (3) 

 

感想

江戸で一人仕事に打ち込む女蒔絵師の理野。
ようやく動きが出て来た。其一に惹かれつつも、手を差し伸べて来た祐吉の誘いを受ける理野。

この辺、其一を正面から批判した態度といい、相当な意思の強さを感じた割りには、あっさりと男女の関係になるなー、という印象。
ただ、祐吉が蒔絵の事しか考えていないという上での、共同作業の申し込みである事に淋しさを感じる理野。


松江の実家も含め、彼女のプロフィールがほぼ明確になったが、江戸に出るきっかけとなった「ある男」との出来事については未だにボカされている。
この先は、理野が其一とどういう関係になって行くかが興味の中心に…・・


You Can Fly-kajitu2

 

あらすじ

7月13日(145)~8月20日(181)

胡蝶は理野を誘い、根津にある彼女の生家である料理茶屋へ行く。

兄にも引き合わせ、その折に羊遊斎がかつて作ったという煙管を見せる様頼む。

 

いつの間にか理野が江戸に出てきてから三年の歳月が過ぎていた。
実家からの手紙が届き、その報告のため兄の墓を参る理野。

内弟子だった英次が独立したという。

父としては理野が郷里に戻って、英次と一緒になってもらいたい様子。
だが江戸での三年は理野を活動的に変えていた。

 

久しぶりに其一が工房を訪れ、羊遊斎と話した後、理野を蛍見物に誘う。其一はその後、色彩を追及した小品を描いた事を話す。

理野は其一の絵が変わる事を素直に喜んだ。
食事を終えて川べりを蛍火を見ながら歩くうちに、其一は理野にまだ寮を出る決心が付かないかと尋ねる。

理野に惹かれているが、分別が感情を抑えてしまう。
慎重な其一に皮肉な思いを感じながら話す理野。

 

かねてから取組んでいた作品が完成し、羊遊斎に勧められ、文箱を届けるついでに所蔵品を見せてもらうため葛飾の旧家を尋ねる事になった祐吉と理野。
尋ねた家は谷沢家といい、主は谷沢沼庵。
文箱を受取った後、夫人に言いつけて二つの木箱を持って来させた。
一つは高台寺棗の蒔絵であり、二百年あまりも前の作品だった。
もう一つも棗であり、それは羊遊斎が手がけたものだった。

大胆で繊細だが、光琳や抱一の匂いは感じられず、理野はその見事さに興奮した。

 

帰り道で祐吉は向島に立ち寄り、馴染みの料理屋に入った。

二人とも明日は休みを取れる事になっており、祐吉は杯を重ねる。
先ほど見た見事な羊遊斎の作品を介し、祐吉の仕事について尋ねる理野。壁を感じている祐吉。
羊遊斎の元を出て向島に細工所を作る準備をしていた。

後で見てくれないかと言う。
料理屋を出て暗い道を祐吉について歩く理野。

今度は妻子持ちか、やめとけ、という兄の声。

だが長く溜めていた感情を掻き立てられ、止めようがなかった。
「この先だ」と告げる祐吉の声。

暗い水辺の草に舞い降りて命を燃やすときが来たのであった。

 

次の朝、工房に緊張した面持ちで入って行く理野。
昼どきに祐吉に会うが、目を合わせる勇気がない。
祐吉の夢である細工所での生活には理野も含まれていたが、家庭を持っている男との行き着く先に不安があった。

二人の関係は始まってしまい、何もかもがこれからであったが、そのためにもしばらく一人でいたい気もする。

 

立秋の後、胡蝶は根岸の寮を出て根津へ越して行った。念願だった三味線の師匠を始めるのだ。羊遊斎の妾の立場については明確にはしていなかったが、彼女としては一切の経済的援助を断った。
そんな胡蝶を羊遊斎が尋ねたという。

男と対等になって新しい人間関係を始めた胡蝶。

 

ある日の明け方、理野は四季の櫛で髪を飾る四人の女の夢を見た。
理野は関わりを持つ女性たちに蒔絵を施した櫛を贈ることを思いつく。

 

さちが運んで来た噂で、其一が目の覚めるような朝顔を描いていると聞く理野。
手を差し出した祐吉と近づいたのだが、其一にも惹かれる気持ち。
其一の絵に負けないものを蒔きたいと強く思う理野。

 

祐吉と川端の料理屋で待ち合わせて夕食を取る様になった理野。
細工所の手筈は着々と進んでいた。理野にそこへ住まわせ、彼女には金のための仕事は忘れ、好きに蒔いて欲しいという。

一人で蒔絵をしながら時々来る人を待つ。
男の家庭を壊す事に恐れを抱いていたが、祐吉にそのつもりがない事を知り、淋しさを感じる理野。
細工所での事について、しばらく考える時間が欲しいと祐吉に頼む。

 

ある日、祐吉が贔屓にしている「柳花亭」の女将「しな」が理野を尋ねて来た。祐吉とは十年ほど前から男女の関係だという。
全てを蒔絵に捧げる祐吉を見続けて来たしなは、蒔絵をする限り理野が全てを祐吉に吸い取られる事になると忠告しに来たのであった。

 

江戸へ来てからの事を振り返る理野。数々の思いを巡らせた後、この始末をつける決心をし、その気持ちを蒔絵にぶつけようと考えた。
ものに憑かれたように制作に打ち込む理野。

 

祐吉と別れるために会った理野。

激昂されるかとの予想に反し、祐吉は冷静だった。
昔別れた男と、彼にそっくりな男と歳月を挟んで同じ離愁を繰り返していると述懐する理野。