夜話 608 福島八幡宮の祈願大石
新年初めてのY会長の電話。八女・本町筋を愛する会の会長さんである。早速ボケ封じの仕事の相談だ。
国重要民俗文化財「八女・福島の燈籠人形」が奉納上演される福島八幡宮本殿左の妙見社の脇にごろんとした石がある。
単なる捨て石では無いそうな。
前宮司は「何かの折安置して祈りの対象にした」との言い伝えが社に残っているとか。そこでボケ記憶の果てから「疫病退散の祈念石かも」と答えた。
S製材所の庭にもそれらしい立石があった。「落雷」の祈念石だった。
早速現物確認に寒風ついてチャリンコで八幡宮へ。
横たわる石の周りは小石で囲んである。
タダの石ではない雰囲気がある。
そこで思い出した。
現物確認のおかげ。
やはりこの目でみることが第一。
これは「見えないものが見える」との恩師坂本繁二郎の教え。
灯篭人形調査の時前宮司から聞いたひとことを思いだした。
「明治のむかし八女一帯に流行病が蔓延し『灯篭人形』が中止された。氏子は、境内の大石に疫病退散を祈った。
「これだ」と思わず拙者は手を合わせた。石質は築城基礎石にも見えた。
ここは旧福島城の辰巳櫓の跡地。
嬉しかったのである。ボケ撤去の一助。
思いだすことが大事。
「物感」という物にこだわる言葉を造った恩師はさすがだ。
二拝 参拝。
ところがである。帰宅して古文書綴りの『八幡宮仲秋祭奉納順番帳』のなかに「明治十六年 はコレラ病が流行したが西紺屋町は燈籠人形を奉納した」という記録があった。
奉納を中止していなかった。コレラを押しのけたわけ。
大はやりだったコレラにストップかけたのがあの大石か?
前年明治十五年にはじまった全国のコレラ蔓延により 石川島監獄の囚人を看病中だつた八女出身の志士古松簡二も感染して非命に倒れた。
全国を揺るがせた流行疫病だった。
あの「祈願大石」は おろそかにはできない。
拙は一人でも参拝九拝するぞ。
ダレだ 「あんたも疫病菌とチャウか?」と言うのは。
敬称略。
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