夜話 988 大分陸軍病院 湯の平分院
テーマ:吉左ひとりごと夜話 988 大分陸軍病院 湯の平分院
久留米四十八連隊の二十才の新兵善知鳥は入隊時すでに発熱病兵
「隣室で寝とれ」と命じられ「二度目の即日帰郷」を信じていた善知鳥の存在をわすれていたポカ軍医のおかげで 夢は吹っ飛んだ
一週間のち都城郊外の竹やぶ病舎でシラミとりの毎日となった
直径十センチ 高さ七センチの竹の茶碗に高粱飯盛りきりが一食分
体重は三十五キロを切った 本土決戦の覚悟をしても兵は銃も帯剣もなし
まもなく足手まといの病兵は竹やぶ病院から大分陸軍病院おくり
薬もない病兵の最大の敵は鬼畜米英よりも身うちのシラミ
炊飯用蒸気釜にふんどし一切放り込まれおかげでシラミは全滅
やや多めになった高粱飯の毎日を一カ月すごしたころ うれしや湯の平温泉送りになった
温泉全帯が大分陸軍病院の分院だつたわけ
先月湯の平の老舗旅館が焼けた 写真で見る限りあの旅館が善知鳥の入院した病院だったはず
病室は三階の八畳ひと間 近くに源泉がある夢の陸軍病院
さすがの帝国陸軍にも 傷病兵にはリンチは皆無で軍医の診断も皆無
毎朝の体温を衛生兵が確認するだけ
その頃には体温計を上手くこすれば七度半までの体温が作れた
体温計が折れないように注意 おしえてくれたのは老人の衛生兵
タバコを飲まぬ善知鳥はそれを彼に捧げたおかげ
同部屋は松ケ迫勲軍曹と龍二等兵
朝湯を楽しむ病兵生活
軍曹は剃りあとの青々とした美男子 誰いうとはなく俳優だったとか
衣袴は自分で洗濯し 二人の二等兵に洗わせなかった
熊本出身とか 龍同年兵は長崎県福島出身
病兵は各旅館に満杯 ふたりの軍医の手が回るはずもない
五月初めドイツが敗けた どこからともなく情報は流れた
ここでも高粱飯と塩汁一杯沢庵二切れの食事
しかし空襲もなく 胡散臭い傷病兵は温泉でほてたご機嫌でトランプや 花札で我が身をいたわった
六月下旬沖縄守備隊の全滅を聞いた その翌日 三十人ぐらいの病兵に広島第一陸軍病院に転送命令
同室の三人もその員数に含まれた 最後の湯あみにはノボセあがつた 入営いらいコッソリの私物 斎藤茂吉の『万葉秀歌上下』を懐に下駄ばきの善知鳥二等兵は松ケ迫軍曹の腰巾着よろしく大分経由で広島に向かった
「広島第一陸軍病院は戦地がえりの一等病院ゲナ 白飯に牡蛎フライがつくげなバイ」
そんなふたりの二等兵を松ケ迫軍曹は口数すくなくニッコリ眺めていた やがて見舞う二カ月後のヒロシマのことはは松ケ迫軍曹も能天気ふたりの二等兵も氣づくはずもなかった(敬称略)
カット杉山洋「やがてヒロシマ」



花でF君はさっそうと当時の画檀を圧していた




