善知鳥吉左の八女夜話

福岡県八女にまつわる歴史、人物伝などを書いていきます。


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夜話 1944  自転車こぐ ふたりの九十老人 


知人から電話れんらく。

N新聞の「ふたりのチャリンコ老人あり」とか。

笑いながらのれんらくゆえ悪事ではあるまい。


             
                       




N新聞支局長の「はぜの実」コラム。

「自転車にまたがりさっそうと街中を走る二人の老人」のこととあり。「支局赴任八か月 そんな高齢者ふたりに会った。」とか。

にやりとした もうひとりはМさんのこと。

三日まえ 久しぶりにお互い自転車ですれちがったばかり。

挨拶は「よおッー」とばかり。

Мさんは拙者の二つ上か。

狭い県道の歩道は危険。最近なるべくは真ん中を。後ろからの車はよけてくれる。

年とともに「気配」が薄くなった。

危険気配のときはチャリンコ降りて押すことに。


いまだに真っ黄色のベスト姿で 郵便局用赤自転車漕ぐことを念願にしている。黄色と赤は目立ちすぎるという。結構なとり合わせではあるまいか。

「仏さんのような老人」を志していたらホントの仏さんになるかも。

まだこの世に未練がござる。


ブログ 二千の夜話はなんとしても語らざるを得ない。






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夜話 1943  捧げられた七円 


わが家は県道と国道の交差点。 事故多発地帯 。角地のガードレールの植樹は半世紀近く国県ともにほったらかし。


許可を得て手当たりに花を植えて美化運動とやらに参加している。


事故に備えてガードレール内に道祖神を安置したところ盗難未遂にあった。


基礎をコンクリートで固めはしたが手をかける悪党どもはまだいるらしい。


                 



道祖神のまえに古い石臼を置き ときどきの花台代わりにしている。


今朝 久しぶりに雑草を抜いていたら キラリトひかるモノが石臼真ん中の小穴から。

壱円貨らしい。 

ピンセットで引き揚げたら七枚。

ありがたいことに どなたかお参りしてくださる方がおられるらしい。


七コの一円玉は最近 天下を騒がせた数億円の金塊にも見えた。


水洗いして元の穴に。


登校の小学生が不思議そう。


「この神様 拝むと交通安全間違いなし」。 


ぺコリと 三つっの頭が下がった。


道祖神の下の文字は「右ひご 左ひぜん」とある。






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夜話1942 青木繁と坂本繁二郎に見る

「流儀者」の系譜 その12 

      青木家とは その七


繁の母マサヨは安政三年(1856)十一月八日福岡県上妻郡室岡村現八女市岡568番地に秀三、フミの三女として出生している。

姉二人の姉については記録がない。

明治十一年六月十八日、青木廉吾の妻として入籍している。廿二歳の時だった。

四年後に長男繁を生んだ。廉吾は三十歳だった。

勤王派のひとりでありながら時流の波に乗れなかった彼は 旧久留米藩士に共通した鬱屈した気分の持ち主だったようである。代言人として家庭に居ることは少なかった。

しかし当時のマサヨの生活ぶりは意外に明るかったようである。

繁は「自伝草稿」の中で次のように書いている。

「画家になるために、父の許可得ようと母に相談したときのことである。

何事にも同情してくれる母を動かすに如くはないと思った。それで母の意見を聞いてみたくなったので、その機会を待っていた。

ある静かな折、母は納戸で内職の押絵をしきりにこしらえていた。

僕の母は田舎の生まれで藩中の乏しいけちけちした生活は極く嫌いな方で 女一通り芸事は覚えていて暢気な優しい お家風の婦女育ちだから絵の名人になりたいと言った僕の言に少しも驚かなかった。

また絵で飯が食えるかどうかということは、母も気づかなければ、むろん僕にもわからない。

そしてひとしく頭を悩ましたのは父の許諾であった。母は機会を待てと注意した。」

この文で見る限り母マサヨはおっとりとした人だったようである。そして繁への愛情の深い慈母の姿が此処にある。

厳しく云えば当時の画家の世界への理解は無かったのではあるまいか。

のちのマサヨの不幸がこの人の良さから始まったといっていい。

当時画家を目指すことがどのような犠牲を家族や周囲に強いるものか。

わが子は「異才の青木繁」である。母マサヨはその異才がもたらす異常な行動の最大の被害者になることを想像もしていなかったのであった。


         おわびとお願い

この半月ばかり体調を崩してブログの作成が滞りました。 

来月催す予定の「絵の教室五十五周年記念 子どもの絵秀作展」の準備もドンとこの身に応えました。

青木繁・坂本繁二郎の流儀者の系譜の中に身を置いていると自負しているものとして しばらくの間のおやすみをお許しください。必ず完結させます。


その間 のんびりとした九十二翁の呟きをときどき覗いてみてください。お願いします。

 


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