ある映画の感想 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 映画館から出ると大勢の人々で繁華街が賑わっていた。私はその雑踏を目の当たりにして日常生活への帰還を実感し、溜め息を着いた。

 胸中に興奮や感動などは生じていなかった。作品は淡々と進行し、大した山場もなく終了した。一つずつの場面が丹念に撮影されているという点には感心させられたのだが、そのせいでテンポがのろくなっているような印象があった。しかし、それでも私は席を立たずに結末まで見届けたのだった。
 
 そろそろ日が暮れるはずの時間帯だったが、建物の合間から見える空はまだ青々しかった。私は駅の方向へと歩き出した。たくさんの人々と擦れ違っていると体力と時間を余計に消耗していくように感じられるので脇道に入った。なるべく人通りが少ない道を選ぼうとしたのだが、どれだけ細い路地を選んでも通行人がいた。
 
 うんざりとした気分にならされたが、ふと、私は視界の中の風景が普段よりも立体感や遠近感を強調されて見えるような気がした。建物の壁面の奥行きや、一本ずつの電信柱の距離といったものが際立って感じられるのだった。

 そして、その変化の原因が映画にあるのではないかと気付いた。あの作品は私の感性に特別な影響を与えたらしかった。これまで数え切れない程の映画を観てきたが、このような経験は一度もなかったので私は驚嘆するのと同時に嬉しくなり、恋人や友人に対して積極的にあの作品の鑑賞を勧めてみようと考えた。他の人間にも同じ効果があるだろうか、と気になっていた。

 ただ、駅までの道のりがやけに遠いように感じられるので焦れったかった。

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