【障害児園ドタバタ奮闘記】天使達に囲まれて…… -5ページ目

081:ありがと

きっとワタシが、ちょっぴりシンミリしていたからだろう。


「ねぇ!!ユミコ先生っ!!

 今度うちでステ弁パーティーやろうよっ!!」


湿った空気を吹き飛ばすように、ケントママが元気一杯の笑顔で語りかけた。


「ん?ステ弁って?」


ワタシは判ってたけど、聞き返した。

きっと無意識に出てしまう、ワタシなりの照れ隠しの仕方なんだろう。


「ホラ!!期限切れ弁当の事よ!!

 アレをイッパイもらえた時に電話するからさ!!その時に、またゆっくり話しようよっ!!」


こうしてワタシ達は、ケータイ番号とアドレスを交換した。


「でもねぇ……知ってる?ハルミだとね、ステ弁あんまり貰えないのよね……。

 あのスケハゲ店長、絶対アタシに下心あったんだってー!!」


そう言って笑うケントママの笑顔は、まだどこかあどけなく若々しく……

とても5歳の子供がいて、そしてこんなにも苦労しているようにはきっと誰にも見えないだろう。




「じゃ、アタシそろそろ仕事あるから帰るわっ!!」


そう言ったかと思うと……


「ケントーっ!!今日は良かったねーっ!!お姉ちゃんに、たくさん遊んでもらってっ!!」


と砂場へと早足で向かった。




ワタシもイチコも、仲良くみんなで片付けをして……帰り道、ホントにすぐだったけど4人で歩いて


そんな別れ際、ケントママが不意にこう言った。


「ワタシもね……小鯵園に来てすぐは……きっとツンツンキンキンしてたと思うんだ……。

 だからね……『ヒロキママとも仲良くやれたらなー。若造だけど力になれたらなー。』って思うんだけどさ……。

 ユミコ先生……あの件に懲りずに、手伝ってくれる?」


「うん。いいよ……。」


ワタシは短く短く返事をした。

ワタシは小さく小さく頷いた。


ホントはもっともっと喜んで、もっともっと笑顔で頷いてあげたかったけど……

また涙がこぼれたら、またケントママが困っちゃうから……。


「今日はホントにありがと。」


そう言って手を振ったケントママ。


ううん。

違う。


「ありがと」


って言わなきゃならないのは、きっとワタシの方だ。




次回新章。

080:一生懸命の方向

「なんてぇのかさ……。」


ケントママが突然切り出した。


「そりゃさ……みんなみんな、一生懸命なんだけどさ……。」


ワタシは黙って横で相槌を打った。


「ワタシだって、おかん先生だって……そりゃユミコ先生だって……。

 他のどんなどんなお母さんだって先生だって……。」


うんうん。


「もちろん、そう……ヒロキ君のママだって、みんなみんな頑張ってんだけどさ……。」




「なんだか『ヒロキママの一生懸命』って……ちょっと違うんだよね……。

 子供の為に一生懸命……子供が自立する為に一生懸命……。

 そうじゃなくてさ……うまく言えないけど……


 『自分が普通の子供の親である為に』


 ヒロキ君に一生懸命なんだよね……。」




その一言。


背中に電気が走った。

ワタシのオシリから頭のてっぺんまで、電気が走った。




そう。

ワタシだって、よく判らなかったけど。


そう。

ワタシだって、うまく言えないけど。




何かが違うピリピリ感。

ヒロキママのピリピリ感。


それは「しつけ」とか「やり方」じゃなく……「根本の心持(こころもち)」が違うんだ。


……と。




「そりゃさっ!!

 ワタシだって、ケントのママで恥ずかしいなって思った事は、今までに何百回だってあるけどさっ!!」


固まったままのワタシを横目に、ケントママは恥ずかしそうに……。

そして


「それよりもなによりも、まずはワタシがケントの事を……『しゃーない(仕方ない)』で受け止めてあげなきゃ!!

 じゃなきゃ、誰がケントの事を……それからワタシの事を、受け止めてくれるのさっ!!……ってね!!」


と続けた。




「アハハハハ……。」


空(から)元気?


ううん。

ケントママは本心で笑っていた。

ケント君とイチコの背中を見ながら、清々しく笑っていた。


その横顔を見て、ワタシ。

ケントママの「覚悟」が判ったような気がした。




悲しい涙?

嬉しい涙?


なんだかよく判んないけど……ワタシはいつの間にか、涙ぐんで……


「うん。そうだね。そうだね。」


横で、相槌を打っていた。




---つづく---





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079:駆け引き

「ケント君!!ユミコ先生よ!!

 夏休み、元気してたー!?」


ワタシは恥ずかしさをごまかそうと、ケント君に話し掛けた。


「ユミコ先生っ!!ダメダメっ!!」


ケントママは缶コーヒーを一本ワタシに差し出しながら……


「ケントはねー。園の先生の事、外で会っても判らないんだなー。」


ポンポン


もう片手で、ケント君の頭を撫でた。




「あ。ちょっと待ってて。

 イイ物持ってくるから。」


ケントママは小走りで、後ろの植え込みに駆け寄ると……


「じゃじゃーん!!」


お砂場セットを取り出した。


「ま!!」


プッと笑うワタシの顔を見ると、ケントママは得意気に……


「あそこに隠してあるんだ!!

 ユミコ先生とイチコちゃんも使っていいよ!!」


と笑った。


ケント君は、お砂場セットを見るや否や狂喜乱舞。

奪い取るようにかっさらうと……イチコのいる砂場へと走り出した。


「イチコー!!その子ねっ!!ケント君って言うのっ!!

 仲良く遊んであげてねーっ!!」


「わかったー!!」


イチコはしゃがんだまま大きく手を振ると……


「ケントくんっ!!なにしてあそぶ?」


同い年なのに、お姉さん気分満々だ。




「ありがとう。

 じゃ、頂くね。」


時々吹く風が心地よい木陰のベンチで、ワタシとケントママは缶コーヒーを開けた。




何を話すでもなく、2人静かに。

ただ並んで、子供達の遊ぶ後ろ姿を眺めていた。




不意に


「ユミコ先生……あの時はゴメンね。」


ケントママが言った。


「んん???なんの事?」


ワタシは、すっとぼけた。


「だからさ……あの……。」


ホントはね。


言われてすぐに、ワタシは気付いていた。

きっとビンタ事件の事なんだなって。


でもすぐに返事をしてしまうと……ワタシが今でも根に持ってるみたいで……

すぐに返事をしてしまうと……ワタシがそんな話をしに来たみたいで……


だからちょっとズルいんだけど……ワタシはすっとぼけた。


「ホラっ……ワタシがパッチーンってやっちゃったヤツよ!!」


ケントママは、ちょっと照れ臭そうに笑うと、片手でビンタのジェスチャーをしながら……


「アレ、ゴメンね。」


もう一度小さく頭を下げた。


「え???いいのいいの!!」


ワタシもそう言いながら……でも心の中で「ゴメンね」ってつぶやいた。


なんだかズルいワタシ。

でもね……「こうしたほうがいい」って言うワタシ。




「ワタシもね……ケントママに言わなきゃならない事があるの。」


イチコの背中を見ながら、口に出た言葉……。


「え?なに?」


ケントママも、ケント君の背中を見ながら、返した言葉……。


「ワタシね……ケントママの日記、読んじゃったんだー。」


座っているのはベンチなのに、ワタシの心はブランコに揺られているよう。


ううん。

会話が揺られているように……前へ後ろへフラフラフラフラしていた。




「なーんだ……そんな事か……。」


ケントママは、チョッピリ照れくさそうに……


「だったらユミコ先生も、ワタシの日記仲間に入ってくれたんだねっ!!」


と笑った。


ワタシは……


「そうそう!!だから何でも相談に乗っちゃうからね!!」


あ……。


言ってチョッピリ後悔した。


イチロウにイチコ。

それから保母さん歴。


確かに、育児歴では随分ワタシの方が先輩だけれども……「障害児」育児歴ではケントママの方が数段上。

そもそも母親という立場の障害児育児歴はワタシには無いのだから。


なんか上から目線?

なんか偉そう?


ワタシはちょっと恥ずかしくって、言葉が続かなかった。




でも。

ケントママは、そんなワタシの心を察してか、知らずか……


「ホントはね……ユミコ先生って、お堅いイメージあったけど……

 こうして話してみると、お母さん……ううん……お姉さんみたいな感じ、するんだよねー。


 おかん先生に、ユミコ先生。


 どうよ。

 このネーミング!!」


とイタズラっぽく笑った。




ミーンミンミン……。




セミがうるさく鳴いていた。


仲良さそうに、お砂プリンを作りまくるイチコとケント君。


「ママー!!みずくんでくる!!」


そう叫んだイチコの声に、ワタシは手を振って応えた。


隣で優しそうに微笑むケントママ。

見た目と違って結構気を使う彼女の横顔。


それを見て、ワタシも微笑んだ。





---つづく---





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078:公園と親と先生

小さな小さな公園は、道路から全体が見渡せる程。


滑り台とブランコと富士山お山。


グルグル地球儀は、何年か前に「危ない」とか「壊れた」とかって外されてなくなっちゃったけど……

その跡地に出来た小さな花壇。


木陰には鉄棒があって、その脇には半分埋まった古タイヤ。

その横に砂場。


ケント君の大好きな砂場があった。


「ママーすべりだいやってくるー!!」


イチコは駆け出した。

ワタシはその背中を視界に納めながら……公園内を見渡した。


1・2・3……。


2~3組の親子。

それからベンチにたむろしている小学生数人。

携帯ゲームに夢中の様子……。


うん。

ケント親子は、いないみたいだ。


「ま……いいか……。

 別に必ず会えると思ってたワケじゃないし……。」


ポツリと独り言をつぶやきながらも……でも心のどこかでは「会えなかった事を寂しがるワタシ」がいた。


「ねぇー!!ママー!!みてて!!みてて!!」


大きな声で、イチコが滑り台の上から呼びかける。


「はいはいー!!」


ワタシは白い麦わら帽子を目深に被り直すと、滑り台へと小走りで向かった。

ジリジリとした日差しが、肌に突き刺さるみたいだった。


「ママー!!いくよー!!」


滑り台に始まりブランコ、鉄棒、古タイヤ……。

富士山お山は、まだ一番上まで登れなかったけど……それでも何度も何度も挑戦した。


炎天下の中、元気イッパイ遊ぶイチコ。


ただ見て付き添っているだけのワタシの方がヘバってしまいそうなのに、子供ってホント元気。

暑さ寒さは関係ないみたいだ。


「ねえちょっと!!

 ちょっと休憩しよー!!」

「えーーーー。」


ワタシは有無を言わせず、砂場の横のベンチに滑り込むと、カバンから水筒とタオルを取り出した。


「ホラ!!イチコもお茶飲んで!!

 水分取らなきゃ倒れちゃうよ!!

 それから砂場で遊んでて!!ママはちょっと休憩!!」


そう言うと……


「えーーーー!?

 なんにもしていないのに、きゅうけい?」


イチコは渋い顔をした。




「やっぱね。

 すなあそびは、どうぐがないとね……。」


大人顔負けなセリフを時々吐き出しながら……

それでも動こうとしないママを横目に、イチコはお山作りに一生懸命だった。




ふと思った。

人間ってのは不思議なモノだなって。


確かにこんなに真夏ではなかったが……小鯵園での外遊びだって、結構な暑さだった。


いやいやそれよりもずっと前……

保育園に勤めていた頃なんか、毎日のように汗をダラダラと流しながら、

こんな炎天下の中で子供達と走り回っていた。


え?

歳を取った?


まぁそれは別としても……「親」という立場のワタシと「先生」という立場のワタシ。

それだけで、随分と元気も活気もやる気も甘えも違うんだなぁと……。


決して「親」をおろそかにしているワケではない。

百歩譲って「妻」はおろそかにしても……「親」は一生懸命やっているつもりだ。


それでもやっぱり「仕事」としてやっている「先生」と

24時間365日ついて回る「親」とを比べると……


そもそも子供に対する一生懸命の「質」が違うんだなぁと……。




だからおかん先生は、ケントママに言ったんだ。


「時々、お母さんをやめちゃえ」

「時々、先生になっちゃえ」


って。




でもさ。

よくよく考えてみると……先生を経験した事の無い人に


「先生になっちゃえ」


は、ちょっと難しいよね。


おかん先生やワタシは、先生であり親でもあるから……こんな風に比べる事も出来るんだろうけど……

お母さんしかしていないお母さんには普通出来ないよね。




それでもきっとケントママは頑張ってたんだ。

プツっとキレちゃいそうになった時……「先生の目線」に切り替えて頑張ってきたんだ。


いつもは全然、そんな素振りを見せないけれど……

ケントママにとっておかん先生……ううん、きっと先生っていうのは


「自分を冷静にさせる、もう一人の自分」


なんだよ。




あれ?

そう考えると逆に……ヒロキママの言った……


「先生は2時半までなんですから!!」


ってのも、あながち間違っていない気がしてきたわ……。


確かに物言いは失礼だけど……

「お母さんしかしていないお母さん」からしたら、その通りだと思えてきたわ……。


うーん……。

ヒロキママ……。

ヒロキママねぇ……。




っっっ!!!!!!


突然だった。

首筋に電気が走った。


ビリッ!!


いや……


「つっっっっっべたーーーーーーーーいっっっっっ!!!!!」


ワタシはベンチから飛び上がった。


「あはははは!!ゴメンゴメン!!」


振り向くとそこにはケントママがお腹を抱えて笑っていた。

缶コーヒーを2つ持って、笑っていた。


「こんなトコで何してんのよ?ユミコ先生?」


背中にリュック。

もう片手にはケント君の小さな手。


「いや……うん……ちょっと散歩にね。」


ホントは


ケントママいるかな?


と思って来た公園だったのに……ワタシはなんだか照れ臭くて……

それに会えたからって、何か話す話題があるワケじゃなくて……


心配?

不安?


ううん。


ただ何となく。

ただ漠然と


「ケントママと話がしたかった。」


ただそれだけの理由だったから。




「あのねぇ!!あそこでお山作ってるのがワタシの娘!!イチコって言うの!!」


そう言って、ごまかしたワタシだったけど……

そういえば「プライベートと仕事をキッチリ分ける」ってマイルール……。


そんな事はもうすっかり忘れていた。




---つづく---





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077:モヤモヤ夏休み

話はワタシ:山田ユミコに戻る。




ケントママのビンタ事件・ワタシがケントママ日記を読ませてもらった日から約1週間。

小鯵園は夏休みに入った。


(えー。只今木枯らし真っ只中の秋真っ盛りですが……話はまだ7月の終わりです)






小鯵園。

立ち位置は、保育園とも幼稚園とも違う「障害児自立支援施設」。


(参考までに)


保育園は……育児に欠ける家庭への厚生労働省の福祉施設なので、夏の間もカレンダー通り。

幼稚園は……義務教育前の私(公)立の学習施設なので、小学校と同じように夏休みがある。



そんな小鯵園の夏休みは、小学校と同じように7月の終わりから8月一杯まで、約40日間ある。


とはいえ、育児に欠ける家庭もあったり

とはいえ、家でみる事がかなりの負担だったり


まぁまぁそんな理由やら……


夏休みにしか出来ない泊まりがけの教育。


例えば、キャンプなどの共同生活をする事

慣れない場所で適度なストレスを与える事で、パニックになりにくくする訓練も含み


そんな行事をたくさんするのも「夏休み」なのだ。




なので本来なら、職員の皆は、夏休みといえども毎日出勤し、毎日働き……


時には小鯵園に泊まったり

時にはキャンプに出掛けたり


日常と違ういろんな事をする事で、案外普段より忙しかったりするのだろうが……




ワタシは園長先生との約束どおり……丸々の夏休みを貰った。

ちょっぴり後ろ髪を引かれつつも……丸々の夏休みを貰った。




うん。


後ろ髪を引かれたのは……おかん先生・青井先生・林先生・若井先生などなど……。

確かに職場の皆さんに対する「ワタシだけ休み貰って悪いなぁ」もそうなのだが……


あの日以来、マトモに会話していないヒロキママ・ケントママに対してもあったのだ。




え?


ワタシが避けていたのかって?


ううん。


そんなつもりはサラサラ無い。


うん。


サラサラ無いつもりだ。




朝のお迎えの時も

昼過ぎのお見送りの時も


いつも笑顔で挨拶して

出来るだけ今日の事を話そうと心掛けていた。


でも。


なんだか空気がちょっぴり重くて

一旦会話が途切れちゃうと……


「じゃあ先生、また明日。」

「今日は1日ありがとうございました。」


終わってしまうのだった。




そんなワタシの様子に気付いてか……


最後の2~3日なんかは、おかん先生がヒロキ君・ケント君の引渡しに動いてくれたりして。


でもそれが逆に、ワタシ……


毎日毎日何とかしなくちゃ

明日はきっと何とかしなくちゃ


すっぽかされた感

すかされた感


ストレスに感じたり

モヤモヤに感じたり




でも夏休みに入っちゃったのだ。




7月も終わり

8月になり


毎日毎日を、イチロウ・イチコとタロちゃんの世話に追われる「普通の主婦」の生活に慣れてくると


そんな気持ちもチョッピリ薄れたり……。


なんだかなぁ……

人間って、結構いい加減なモンなんだなぁ


なんて、お風呂に入りながら、自分の事を思ったり。


きっと「夏休みにリセットしろ!!」っておかん先生も気を使ってくれたんだなぁ


なんて、晩御飯作りながら、いきなり気が付いたり。




でもやっぱりなにか、モヤモヤは消えないままのある日。

ただ立ってるだけで汗がポロポロと零れ落ちるような、8月の初めの昼下がり。


「ママー。

 こうえんいこ。」


いつものイチコの一言に……


「行こうか!!

 公園!!」


その日、ワタシが選んだのは……あの公園。


そう。

小鯵園に行く途中のあの公園。

人工池のそばのあの公園。


ケント君とケントママが、小鯵園の帰りにいつも遊ぶあの公園だった。




---つづく---





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