2023年登り収め  鍋割山   (赤城山)群馬県 | おばあちゃんと 一緒に

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遠く忙しく暮らす子供達に、健康でいる証として60才代で始めたブログ、
しかし娘親子と同居、孫と付き合う日々、 孫達も成長し、とうとう私も70歳代になりました。そして2021年80歳になり、娘親子は独立し、また夫と二人暮らしになりました。

 2023年12月22日

 

 

今年の山登りを赤城山で締めくくろうと山仲間と鍋割山に登った。

駐車場に着くと

おや!珍しく姫百合駐車場に登山者の車が少ない。

寒いからかしらとメンバー異口同音である。

 

登山口

寒くて手がかじかむ、

何時もだと途中で衣装調整するのだが、する人が出ない。

 

荒山高原

歩いても歩いても体が温まらないうちに到着。

鍋割山の稜線に出る

白銀に輝く上越国境の山が見えると

 

ワオ!これを見たくて来たのよ! 

メンバー皆興奮気味である。

 

鈴ケ岳 と 上州武尊山

谷ケ岳連峰

 

頂上

登山者が1名だけ。

登山者が少ないからゆっくりしまましょう と

お弁当を広げたが

メンバーは黙々とお弁当を食べて、食べ終わると

誰ともなしに  「寒いね凍えてしまうわ」と

寒くて休むどころでなく早々と下山する。

 

 

 

下山後

 

六道の辻・六地蔵へ

 

下山しながら赤城山の色々の話をした。

その中に私が六地蔵の話をするとメンバーの皆さんは

是非今日見たいと言い出した。

 

六道の辻とはこの世とあの世の境の辻

ここは

昔・赤城山の西の登山口で 六本の登山道が集まった所。

この辻には死んだ子供のために石を積む習慣があり、

その習慣は昭和の頃まであったそうだ。

 

石碑は六角の石碑で六面に一体づつお地蔵様が刻まれている。

台石三面が道しる 「この□里」「いしい・こめの三里」

「なんきつ・みぞろぎ三里」とある。

裏面に「文久3年(1863年)4月吉日赤城山」と刻まれている。

 

メンバーは六地蔵を拝み昔の人もこうして手を合わせたのだろう

かと

昔のロマンに浸った様だった。

 

2023年最後の山「鍋割山」は

「今度もっと暖かい日に登ろう」と言うほど

とても・とても寒い山だった。