生命の科学 VOL46 | 不幸のブログ 

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三次元と四次元の狭間 に関しての記事と生命の科学と宇宙の法則
について語ります。

精神の苛つきもあり
闇政府への関係のコメントを殴り書きする羽目になりました。


参考にして頂ければと思います。


【被害に関して】



更なる異物の製造も始まっているのか
胃腸の圧迫が更に強まっています。


今現在は脳壊しと
胃腸の異物での攻撃と両方を狙われているようです。


今日あたりはカルト洗脳信者や
朝鮮半島にこだわる意識を持った人間などの中の有志が
力を込めて私への組織的犯罪行為を繰り返しているようです。


年配者や近所に出入りしている関係者も多そうです。


朝から苛々させられていて
悪態をつきながら説教をたれています。


脳と胃腸への関与に由来する神経の逆なでで
今日はまともに暮らせそうにありません。


今まだ脳が動いている最中に今日の分の記事を
仕上げています。


電磁波の頭部への影響と胃腸の不快感で
苛々と落ち着かない感覚が最高潮となりつつあります。


他人の神経をかき乱すことにかけては
工作員達は長けているようです。


そしてユダヤ傀儡となり圧力をかけられている人間や
間違った価値観や民族意識で暴れている人間たちの
私への加害行為はエスカレートする一方になっています。


年配者も多いのようでその手口は直線的です。


ばれようが開き直って加害行為を仕掛けてくるわけです。
今日は流石に食事も出来そうにないので
菓子を摘んだり下剤を飲んだりと言った状態です。


背中から異物を釣ったり時には凍傷跡のようなものが
手や足にできるほど激しい照射を当たり前のように
繰り返してきます。


24時間とは言いませんがほとんど延々と
背中から電磁波照射で腸内の異物を釣り続けてもいます。


殺傷目的なのか脳の関与目的なのか
滞留便確保の目的なのかは判りませんが


最近日本の人間が太っている原因の一環は
同様な手法に関係あるかもしれません。


逆流性腸炎や食道炎は偶然に流行しているものでは
ないと言うことも私に対しての関与からも
容易に想像がつきます。


腹の異物をこんがりと焼かれているような
匂いが腹の中から立ち込めてきます。


正直言えばこの人間たちがとても
忌まわしく感じています。


先日の地震の時からその傾向には拍車がかかり
今では脳への関与は強くはありませんが
結局は寝ているときの関与の影響での苛々は増幅され


トイレ妨害は直腸を腫らすだけではなくて
トイレのたびに肛門まで当たり前のように塞いできます。


これがまともな人間の行為であると思いますか?


そして日本の中で今までそのような行為を
容認され時には請け負ってやってきた人間たちは
こんなことも当たり前の意識をしているわけです。


年配者が多く絡むと
私を助けてくれるような関与はほとんどなくなります。


私は死なない程度に管理される付けているのかと思うと
情けない気持ちになります。


以前から強く感じていることですが
他人を苛つかせることと嫌がらせをすることに関しては
工作員たちはピカ一の才能を持っているようです。


と言うよりも今までの人生で
延々と他人に嫌がらせをする事ばかりを考えて
生きてきたような人間たちではないでしょうか。


組織的犯罪の基本は嫌がらせで
他人を不幸な意識に誘導することでもあります。


昨日は再び甲信越で強めの地震が起きましたが
その直後にアパートの私の部屋の付近には


見慣れない人間が小さめのギターケースのようなものをもって
うろついていました。


追っかけると即効で自動車で逃げられたようですが
持っていたのはギターではないはずです。
(運転手は年配の女性で前をにらんだ顔で運転していました)


私は大泉学園のときにギターによく似た形状の
電磁波兵器らしき物を確認しているからです。


真下の部屋から出て行ったその人間が
コイルのようなものが巻かれた装置のついた奇妙な機器を
むき出しのギターを持つかのように歩いている姿を見て


おそらくはギターにカモフラージュした
電磁波兵器だと想像していました。


他にはキーボードにカモフラージュされたもしくは
キーボードを改造したものが存在するようです。
(何度か運び出すのを目撃してます)


それだけではなくて今現在の環境では
多くの家電が外部からの加害行為に
使用しやすいように作られている可能性が高いと思います。


そして電磁波兵器は当たり前のように使用されている。


だからこそ私のようにマイクロ波兵器はじめ
電磁波兵器や妙な放射線の存在と


それによる加害行為の主張をする人間は
しつこく狙われる事になるのだと思います。


要するに被害者の被害者である事と
被害内容を否定する人間の言葉は
信用性がないと言う事です。


今日はマイクロ波と重ねて照射してくる妙な照射線のために
体は朝から冷え切っています。


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【地震と終末待望者】

そう言えば、朝から”専門家”が出てきて
ここに来ての日本国内の地震の頻発は昨年の3・11地震の
余震であると誘導していました。
(他にも太平洋周辺では大きな地震も起きているのですが。。)


「1月中に日本で大きな地震がある」


と言う噂や予言が広がり
それを成就するように地震が頻発しているのが
偶然であるわけがないのです。


そこには”予定”が存在していた。


そしてそれは地震発生が人為的なものであるがゆえに
情報として流れることにもなった。


そう考えるのが普通の思考能力も持った人間だと思います。
(勿論HAARP技術を理解している事が前提ですが)


しかも加害者たちの中には地球のポールシフトの可能性含めて
それが私達に与える影響に気がついている人間たちもいます。


その人間達は地球規模の大規模な変動の可能性に気がつきながら
人工地震を引き起こしているわけです。


「なぜにそんな事ができるのか?

地球文明が崩壊すれば誰も生きてはいけないではないか?


彼らだって死んでしまうのに。。」


正常な意識の人間はそう考えると思います。


しかし一部のカルト宗教信者には
そんな理屈は通じません。


彼らの中には終末待望者が存在しているからです。
(自分達の時代さえ良ければ後は知った事ではないと
考えているような人間達も居ると思います)


その人間たちは信じています。


聖書の黙示録の世界になり
この世が崩壊するときに自分達のメシアが現れて
自分達だけを救済ししてくれる。


そして自分達は天国にいける、(メーソン系カルトクリスチャン)
もしくは自分達がこの社会の王となり
新しい社会を作ることが出来るとです(ユダヤ教徒)。


そんな意識を持っている人間にしてみれば
世紀末も地球の崩壊も怖くはないわけです。


怖くないどころか彼らは地球文明の崩壊こそを
願っているのだと思います。


その時こそ自分達は至福のときを過ごせると
信じているからです。


科学力を使用している人間たちは
その世紀末を自らの手で招く事も出来ます。


そんな危険な意識の人間達が今地球の中で
暴れている可能性があるわけです。


それこそ誤った価値観に取り付かれた
恐ろしい意識を持った人間たちだと、私は考えます。


そう言えば、私のような人体実験には
単なる電磁波照射以外にも


生体エネルギーを略奪していると
主張する被害者もいます。


一昔ならオカルトとしか思えなかったそんな発想も
彼らの使用している科学力が
地球の文明の発展によるものではないと言うことに気がついた今は
ありそうだと考えるようにもなりました。


私たちは今後も科学力を使用したありとあらゆる実験の
実験台にされる可能性があるわけです。


洗脳レベルで済まないかもしれない
恐ろしき人間たちの科学力を使用した暴走。


留めることが出来るのが神の法則だと言うのであれば
この社会は終焉を迎えてしまうことになります。


もちろんその時は救われると信じて暴走している人間達こそが
率先して魂を消していくことになるのでしょうが


この人間達はその法則すら
科学力を使用しては抗おうとしている気がします。


近いうちにオカルトといわれそうな話を紹介しますが


人間の肉体と言う器の中の魂を入れ替える
と言う話を記事で触れたいと思います。


信じる信じないの問題としてではなくて
覚醒者には信じてもらいたい話としてです。


死んで成人の肉体に転生している人物が
私たちの知っている人間の中に二人居るのです。


一人がアダムスキー(側近の話によりますが)
そして聡明なクリスチャンや聖書の読者であれば
気がついていると思いますが
もう一人はイエスキリストです。


私たちの実態は精神(魂)にあります。


そして肉体はそれを入れる器に過ぎません。


そして精神にこそ私たちの意識が反映されている。。


器をもしも取り替えることが出来たとすれば
新たな肉体に転生しようが


そこではその肉体でも元の魂の持ち主の意識が
反映されることになるのです。


オカルト扱いしないで知って欲しいのは
スペースブラザーズはその利用法を知っていたと言うことです。


そしてアダムスキーはその事を自らの講演の中で
取り上げて触れても居るのです。


脳の研究と並行して研究が続いているのが
おそらくは生体エネルギーとしての精神(魂)の研究です。


そして困った事に四次元的存在の精神(魂)は
一種の微粒子からなる”物質”なのです。


だからこそそれは科学力での関与が可能になる。。


闇政府の暴走者達は
おそらくはそれの研究と実験も
常日頃から繰り返していると思います。


洗脳だけでなくて
おそらくは精神の抜き取りや入れ替えの
可能性をも追求していると思います。


アダムスキーが当時触れていた技術のほとんどが
実用化され使用されている事を考えれば


彼らがアダムスキーの主張に関しては
誰よりも信憑性を感じていて


それをヒントに研究を繰り返してきたことも
想像がつくのです。


そう言えば1950年代には
アダムスキーは地球の録画機能に当たるものを
ブラザーズの宇宙船内で確認してそれにも触れています。


今では当たり前のそんな機能だって
もしかしたらアダムスキーの言葉や知識が
開発のきっかけになった可能性もあるのです。


後日記事で取り上げますが
人工衛星の開発にもアダムスキーは助言をしています。


アダムスキーの助言なしには
人工衛星開発は難航することになったでしょうね。


同様に知識を知っている人間が
地球内部の人間に助言を与えれば


それが開発や発明の大きなヒントになるのは
言うまでもありません。


地球の中には闇政府が神と拝んだ人間達のような
意識を持った人間が入り込んでいるのかもしれません。


流刑者の他の太陽系の人間のような存在がです。


そんな人間たちがブラザーズを逆恨みして
地球の闇政府と結託すれば


宇宙の法則に従うつもりなどはじめからないでしょうし
科学力で神の法則に抵抗しようとするかもしれませんね。

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【一般市民苛め】


ついでに現実的な闇政府の日本一般市民(ゴイム)苛めに関して。


世界ユダヤ金融機関が日本のメーソン関係者に
一般国民をもっと苛めて圧力をかけろと
指示しているように思えたので取り上げました。


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「日本の消費税率は15%必要」 IMF幹部が指摘


2012/1/25 5:48


 国際通貨基金>MFのフィリップ・ガーソン財政局次長は
24日の記者会見で、日本の 消費税率について
「5%から10%ではなく、5%からやがて15%にすべきだ」と述べ、


日本は財政再建を急ぐ必要があるとの認識を強調した。
一方で日本は「引き続き非常に低い金利で(金融市場から)
資金を借りられる」と述べ、現段階で日本国債の利回りが
急上昇するリスクなどを想定していないとの見方を示した。


 同氏は、IMFの見解は日本政府よりも「野心的」
としたうえで「公的債務比率を2010年代後半ではなく、
10年代半ばに下げ始めることを狙う必要がある」との認識を示した。

消費税 による財政基盤の強化は、社会構造などをゆがめない
利点があるとの見方も示した。


 IMFは同日公表した「財政監視」に関する報告書で
日本が消費税を15年までに10%まで消費税を引き上げても
「公的債務比率の低下ペースに導くには十分でない」
と指摘していた。


http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C9381959CE0E

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ユダヤメーソン関係者の
日本の一般国民苛めも激化の様相です。


海外と比べても日本の消費税は安いと
言うことを引き合いに出して


だから日本は消費税を上げるべきだという議論が
よく出てきますが


海外の場合は一般家計の必需品消費、
とりわけ食料品などにはほとんど消費税はかけていないはずです。


日本の場合は今実質的な食料品の価格も上昇中。


そこに増税が重なると一気に庶民の財布を
直撃することにもなります。


事実上の所得減は進むわけです・


それを押し進めているのが野田総理。


この事を仕方がないと考えると
すべては彼らの思うままです。


小泉メーソン元総理の改革で人件費は切り売りされ
労働者の所得減少分はそのまま企業の利益へと転化されました


そして企業を支配しているのは何者なのか?
資本家に決まっています。


その資本家が以前にもまして大量な配当を
受け取るようになっているのですから


言ってみれば一般市民の給料を減らした分を
資本家に謙譲しているようなものです。


その上で政治家は企業優遇税制を推し進め
一方では市民を泣かせているというのが
今のこの社会の実態です。


例えば自動車税を廃止して自動車が売れれば
企業が儲ける事になりますが
そこで一番得をするのはここでも資本家なのです。
(自動車を頻繁に買い換える事が出来るのは富裕層ですし)


この社会は今どんどんと資本家と金持ちへと利益が誘導され
その事と並行して一般市民の懐事情を苦しめる社会へと
変貌し続けている。。


彼らの当初の目的通り富める人間と貧乏人の格差は
さらに拡大しつつあるわけです。


それを仕方がないことだと受け止めると
この社会の中で労働ロボットに成り下がる事になります。


食事をして単に生きるだけのために明日も働く。


これが本来神の予定していた人間の姿だと思いますか?


この社会は壊れている。


そしてそれを当たり前のように
誘導し続けている人間が大勢居る。


その中心は権力者と言われる人間達と
その傀儡と成り下がりおこぼれを貰っている人間達なのです。


日本の労働者の所得が減っているのは
単に不景気のせいだけではない。


資本化が搾取していることに気がつくべきです。


そして減っている所得をさらに減らすような
食品の値上がりや消費税の増税の動き。


疑問を持って見つめるべきだと思います。

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ここからが本題です。


今日は別のコメント書く予定でしたが
私は精神を感じることが出来なくなるほど
神経を逆撫でされているので


闇政府関係者たちの話ばかりになってしまいましたが
勘弁してください。


壊されたり殺されて記事がかけなくなるその時まで
私のブログは続きます。


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【宇宙的記憶を保つ方法】


しかし宇宙の意識に自分を同調させた人は
現在のエゴの心の中に失われている自身の正体を
突き止めることが出来るのです。


私は他人にこれを成功させた多くの体験を持っています。


しかし現在の個人的なエゴの心にそれの過去の体験や
関係を伝えるのは時として困難です。


これは自分の心が自己の真の実態の意識すなわち
全包容的なるものと混合しなければだめなのです。


具体的事実と呼ばれる結果の世界に住んでいる大抵の人にとって
これをおこうなうのは容易ではありません。


しかし各結果(現象)の背後にはその結果ほどに明らかでない
原因が潜んでいることを我々は知っています。


そこで、もし心が意識と混合しなければ
それは(心は)生命の海の中で失われてしまうことが
あると言うことが判るでしょう。


だからこそ、イエスのごとく偉大な指導者が
「肉体を斬る者を恐れないで魂を斬るものを恐れよ」
と強調したのです。


この言葉の意味を考えてみましょう。


人間は二つの魂を持っています。


センスマインド(感覚器官によって形成される普通の心)の魂と
意識(精神)の魂の二つです。


いわゆる具体的なもろもろの結果(現象)にのみ
執着することによって起きる記憶の喪失のために斬られるのは
(無価値とされてしまうのは)センスマインドによってです。


永遠の命を保つためには
記憶というものが基本となることがこれで判るでしょう。


イエスは自分のセンスマインドを意識と混和させていました。


それで彼は「私はこの世にいるがこの世からでたものではない」
と言ったり、その他自身の過去に関して多くの発言をしたのです。


記憶を運び記憶の書を含んでいる意識なるものに
自己を混和させなかったらイエスもそうした記憶を
保つことは出来かなったでしょう。


これをなすには人は心に対して神を信頼するように
意識を信頼させねばなりません。


これには時として猛進とも言うべきほどの
強烈な信念を必要とします。


盲信ということをもう少し明らかにしてみましょう。


我々は物を見るのに道具として目と言うものを持っていますが
窓ガラス自体が外景を見ないのと同様に
目自体が物を見るのではありません。


窓越しに外景を見るのは目ではなくて”あなた”なのです。


したがって目を使用して物を見るのは”あなたの意識”です。


なぜならあなたが無意識になるならば、
視覚器官は尚も存在するにもかかわらず
貴方はもはや見る事はできないからです。


他の感覚器官の場合も同じことです。


従って人間は仮にも生命の宇宙的な記憶を持とうとするならば
”意識で見ること”すなわち心が意識と協力することの重要性に
気づかねばなりません。


すると人間は記憶のページの中から
永遠に生きる事の重要性に気づかねばなりません。


すると人間は記憶のページの中から
永遠に生きる自分に気がつくことが出来るのです。


これは個人が永遠の生命を得ようとする場合の
個人の生活の重要な面です。


これがイエスの言葉
「自分の(個人の)生命を失うものは永遠の生命を見出すだろう」


の意味です。


我々は日常においてある程度の宇宙的な生命に気づくように
心を訓練しなければなりません。


これは二つの面を通じてなされます。


ひとつは”宇宙の記憶”を読み取るのが
極めて巧みな人による場合であり、


他の一つはあなたの意識があなた自身の心に
啓示を与えるように仕向ける場合です。


しかしこれをなすには心が意識を信頼しなければなりません。


この二つを混和させたとき、あなたは啓示を知るでしょう。


なぜならそのときあなたは宇宙的な原因と
その諸結果をよく自覚しながら生きることになるからです。


たとえば私は異星人とのコンタクトの体験を持って以来
二つの生活面の中に生きています。


一つは私は普通の態度で日常の義務を果たしながら
生活してしかもかつてないほどに
人生を楽しんでいます。


と同時に他方では私の体験や他の惑星から来た人々などについて私は
意識的に知覚しています。


その体験は日常の行動と同様に、
私の記憶上で消し去ることの出来ないものとなっています。


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前回の記事で触れたように
アダムスキーも私達が自分を何者であるかを認識するのは
記憶こそが重要な役割を果たしていることに触れています。


アダムスキーが触れている
「肉体を切るものではなくて魂を斬る者を恐れろ」


というイエスの言葉は
勿論、心を持ってエゴに執着して生きることや
現世の命に拘る人間に対しての警告でもありますし


私達が恐れるべきは私達の命を脅すものではなくて
魂の消滅であり、それを実行する神の法則であるという内容ですが


現に私達が魂の消滅を迎える時は
何の記憶も持たない全く別の存在や物質へと
変貌されることになるようです。


元々が記憶を持っての転生の出来ない私達には
記憶の重要さは理解できないかもしれません。


しかし記憶の存在は
自分が何者であるかを自ら確認する手段であり


他の人間と自分との存在を明確に分けているのは
全ての人間が受け止める事になる神の意識としての精神ではなくて
私達が精神を使用した状態で体験した記憶だという事です。


記憶を持たない人間が居たとしたら
自分の価値観も、自分を自分と認識できる手段をも
持たない事になりますから


他人と自分を並べた時に
それを他人であり自分であるという区別すら
つかない事になりかねないと思います。


全く同じ神の分身としての魂を授かっても
自由意思が存在しているために


たとえ全ての魂が根底では繋がっていたとしても
精神を持ってする経験やそれを基にした個々に異なる知識こそが
私達に自己の存在を認識させる事に繋がっているのだと思います。


アダムスキーが触れている、
宇宙的記憶を取り戻した人間達の話ですが


アダムスキーの周辺には自分の過去世を語る事の出来る人間が
数人いたようです。


勿論、其の人間達はアダムスキーの生命の科学を毎週学び
実践していたような人間ですし


中にはアダムスキーと過去世で出会っていて
付き合いの深かった人間もいるようです。


アダムスキー本人は自分の過去世に関しては
ムー時代の科学者であった事と、


イエスの使途の一人であったこと、
中国では哲学を語ったことなどを側近の人間には
語っていたようですが


其の側近にも自らの過去生の記憶を取りもどした人がいて
自分が作ったという陶器を骨董品屋で見つけて買ってきた
と言う強者の話も出ていました。


其の人間は現世では絵を描く事が好きだったようですが
以前は陶芸もたしなんだという事のようで


今回の生での趣味や思考や才能は
やはり前世以前からの影響を強く引いているらしい事も
想像がつきます。


アダムスキーは”アダムスキー”としての転生では
宇宙哲学を語る人間だったのですが


それ以前にも、人の道を道教と言う形で語っていた人物ですし
過去には科学者でもあった事から
科学に関しても元々が造詣が深いのだと思います。


そして私たちは今の私達の趣味や資質や才能を知れば
過去の自分達を知るための
手がかりになるのではないかと推測できます。


残念ながら、私同様に何の取り得も才能も見出せない方も
がっかりする必要は無いと思います。


この社会は画一化された教育を受ける社会なので
其の中で自分の得意な物が見つけることが
出来ないだけの可能性が高いからです。


そしてスペシャリストでなくても
ジェネラリストという存在もあります。


金星の家庭では子供が生まれると
家族はそれを注意深く見つめては其の才能を理解し
それを引き出すよう勤めるそうです。


一種の英才教育のようにも思えますが
彼らは子供に何かを強制する事はありませんし


彼らはあくまで生まれてきた子供のために
才能を引き出すのであって


そこには親の自己満足の意識など
欠片も存在してはいないはずです。


子供のころには過去の記憶も強く残っているので
そんな手法がとられる事になるのだと思います。


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生命の科学を学ぶ以上
私達の目標は自らが宇宙と一体化して
そこから過去の記憶を引き出すことです。


しかし現実問題それは難しい道のりですし
それはあくまでも最大の目標として置いてください。


啓示のために日常生活をガラッと変える必要はないと思いますし
アダムスキーはそんな生き方を勧めては居ません。

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アダムスキーはここで
私達が二つの魂を持っていると説明しています。


一つは心の魂で一つは精神の魂と触れていますので
それぞれは心の意識、精神の意識と置き換えても良いと思います。


私は当初の説明どおり精神=魂=神の意識
としたほうが判りやすいと思いますのでそのまま触れていきます。


アダムスキーは
「私はこの世にいるがこの世からでたものではない」
というイエスの言葉を取り上げて


イエスは単に心を使用して生きているのではなくて
心と精神を重ねている存在であるからこそ
其のことに触れているのだと説明してくれています。


私はイエスが地球外からきた存在である事に
触れたのだと解釈したのですが、
アダムスキーの解釈を参考にしてください。


そしてイエスキリストがそうであったように
私達は心と精神を重ねて
物事を見つめるようにしなければならない事に
アダムスキーは触れています。


私達の感覚器官にしても其の使用の仕方によって
其の記憶は宇宙的記憶にも心の記憶にもなるようです。


視覚に関して私達は普段は何の意識もしないで
視界に映るものを眺めていると思います。


アダムスキーの言うように
視界に写っているそれを見つめるのは目ではなくて
私達の心や精神だと言う事を私達は理解すべきなのだと思います。


視覚を使うと言うことは
物理的に網膜に写った情報が視覚神経に届けられる
だけの話でしょうし、


それだけでは私達は其の対象物を”見ている”
ことにはならないようです。


現に、呆けているときは目に映っているはずのものさえ
認識できない事があります。


目の前のラーメンを眺めて煙が立ち上がる其の様子から
「暖かそうだな」とか「おいしそうだな」

と言った反応をするのは私達の心です。


そして同じように視界に写った現象を見つめるにしても
心を使用するだけでなくて


心と精神を併用して重なるようにして見つめることを
アダムスキーは主張しているわけです。


目の前のラーメンを見て
それを結果として捉えて何も考えないで食べるのではなくて

それを単に熱そうだとか旨そうだと見つめるのではなくて


極端な話がそれはラーメン屋の親父が
どんな過程を経て作り上げたのか?とか


材料のメンマの分子には何が含まれているのか?とか


そんな分析をする目を同時に持つことで
私達は精神をも使用することになるわけです。


目や窓には外の風景が写っていますが
それを見つめるのは私達の意識であり
私達の心や精神なのだと言うことです。


私達は「見ているけども見ていない」のだと
イエスキリストも触れていました。


私達は視覚を使用して現象を見ているがそれだけで、
それがいかなる原因の元としてその状態になったのかという
思考をめぐらせることはない。。


心を使用して見ることはあっても
精神を使用して見ることはないと言う事に
イエスは触れていたのだと思います。


アダムスキーがここで再び啓示について触れています。


以前にもコメントしましたが
啓示というのは


「神の声が聞こえてきてお告げをうけた!」


と言うようなものではありません。


精神を使用し続けていくうちに
精神の感覚が研ぎ澄まされることで


結果的には精神全体でもある神の意識、宇宙の記憶と
一体化する事こそが私達の目的とすべき啓示なのです。


”無我の境地”なるものももしかしたら
それに近い意識なのかもしれません。


それはいつどこでやってくるかは判らないと
アダムスキーは触れていました。


そして其の状態を体験するためには
必要以上に思えるぐらいの
神への信頼が無ければならないと触れてもいます。


誰もがすぐに体験することが出来るような
そんな体験ではないわけです。


ただ、私達、地球の法則からの覚醒者には
其の資質があると言う事になります、。


精神を使用する実践を始めているからです。


そして今まで、まるで精神のイメージを感じることが
出来なかった人間が、ある日突然精神が冴えて
神の意識を感じるなどと言うことはまずあり得ないはずです。


つまり誤った意識を持っている人間が
啓示を受ける事は有り得ないという事でもあります。


私達は地道な努力を日々続け其の生き方を変え、
心を精神に重ねる練習を繰り返すことで
初めて啓示への機会を得る事になるのだと思います。


宇宙的意識と自らが重なる体験、


万物と自分が一つであると言うことを理解する其の体験。


自らの過去の記憶も取り戻すことも出来るようになり


精神の理解もおそらくは今まで以上に
深くなるであろう其の体験は私達の究極の目的であると思います。


”啓示”を誘引としてでも
精神を感じる習慣が出来上がるのであれば
それはそれで良いと思いますし


精神を意識して暮らしている延長として
啓示がやってくると考えるのも良いと思います。


私は、半ば封印されているような状態ですし
現世では体験することは難しそうですが


一人でも多くの方が宇宙と一体化した体験をする事で
生命の科学と宇宙の法則への信頼を一層深めて頂ければと思います。


私が広報できなくなった後は、
そんな人達には私同様に、イエスキリストの後ろを
自分の十字架を背負って付いて行って欲しいと思います。

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P.S.


資質のある人間だけが
一般市民に真実を伝えることが出来るわけですし


地球の文明や正常な意識の社会が崩壊してしまえば
自分の命や身の保身を意識する事など
何の意味もない事は理解して頂けるかと思います。