この映画、とても考えさせられました。
アメリカという国家における価値観と現状が圧縮された映画だと私は思います。
主人公の弟が6才から大学に入学するまでの12年間を描いた映画ですが、実際に12年間をかけて姉弟と両親役の俳優が実年齢で演技し続けた作品です。アメリカ人の人生が描き込まれていて考えさせられます。
アメリカの「自由」が家族と社会に及ぼす影響は、これで良いのでしょうか…
欧米社会とイスラム社会の相克を考える上で参考になりますし、日本人はアメリカ追随で良いのか考える機会を与えてくれました。
以下は完全にネタバレなので、まだ映画をご覧になっていない方々はご注意ください。
兎に角、この映画は家族の苦難と人生の障害を描き続けた作品です。
ただ、この映画の中に描かれている「自由」の価値観のために家族が壊れていき主人公が彷徨い続けるわけで、私たち人間はアメリカの価値観で良いのか?考えてみるべきではないでしょうか。もっと皆が苦しまないような家族の在り方があっても良いと思います。
自由は束縛を嫌い社会の倫理を破壊していきます。
台頭する国家は自由を主張し破壊的兵器を開発して世界の覇権を手に入れます。
投擲、爆薬、大砲、戦車、飛行機、原爆、無人機、レーザー…、新兵器で絶大な軍事力(暴力)を手にした国家が自由と権利を主張し倫理を破壊し世界制覇する歴史が繰り返していきます。
自由は、本当に私たち人間や家族を幸せにするのでしょうか?
・フリーセックスで子供が出来てしまった両親
・子供ができてしまい子育てに追われ自由を失い不満が募る母親
・できちゃった結婚だったため結局は離婚する両親
・再婚したが義父は自由にアルコールを飲み続けアルコール中毒になり暴力をふるう
・アル中の夫から逃げ出し再び離婚した母親と姉弟
・そして二回目の再婚をしたが養育・生活費で再び諍いを起こす
・中学生になった主人公は自由に酒とマリファナの日々
・義父と面と向かって話せない主人公は義父とトラブルに
・無理して買った家の借金に追われ結局は手放す
・別かれて暮らす実の父は再婚し新たに子供ができているが夫婦生活は続いている
・実父の奥さんの家族は教会に通いライフルを家宝にしていて主人公に託す
・姉弟は銃の撃ち方も教わるが実父は好ましく思ってはいないし主人公も相手に合わせているだけ
・主人公にも恋人ができるが別れてしまう
・いつも適当にムニャムニャとしか話せない主人公
・写真が好きで生き甲斐になり入賞するが10人いる銀賞にすぎない
・アルバイト先で主人公は客の食べ残しをつまみ食いし店長に怒られるも皿洗いや接客などを担当している
・母親は結局は一人きりでアパート住まい
・アパートを黙って出ていく主人公に「私の人生は何だったの」と怒る母親
・母親は心理学を大学で教えているが…、母親は心理学を人生に活かしてきたのか?
・大学の寮に入る時は事前にSNSを介して意思疎通できているしルームメイトのマッチングをコンピュータが行うため『人間関係のトラブル』が激減している
・母親が何気なく「あなたは頭が良いから大学に行って学びなさい」といったメキシカンは成功してレストランの店長になっている
・好きな写真を大学で学ぶことになるが、それで生計が成り立つのだろうか
・寮に入ったらルームメイトの恋人から紹介された女友達と意気投合し大自然の中でハッピーエンドで映画は終わるが…
つまり…
フリーセックス、離婚を繰り返す、子育てに生き甲斐を見い出せない、アルコール中毒や薬物中毒の蔓延、中毒による暴力性、自由に暴飲暴食、借金で生活崩壊、親子の断絶、自由に好きなことを追求するだけでは生計が成り立たない、それで好きでもないアルバイトを適当にこなし生計を立てる…
自由を中心に据えたアメリカナイズで家族は本当に幸せになれるのだろうか…と思った映画でした。
それが人生だ…で片づけてしまっては駄目なんじゃないでしょうか。
社会にはもっと違った人生の理想像があっても良いと思います。
好きなことではなく、成すべきことをやる…、の方が上手くいくのではないでしょうか。