ドラマ「関ヶ原」~朝鮮からの帰還~ | ♪ DEAR MY LIFE ♪

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◆◆◆辞世の句◆◆◆
秀吉の枕元にたたずむ三成。ここで三成の回想シーンに入り、
近江・長浜城主となった秀吉が茶を求め、寺小姓だった佐吉(三成)が、
三度、温度の違う茶を振舞うという、有名な逸話が紹介されます。



眼が覚めた秀吉は、三成に紙と筆を用意させ、
「なにわのことも夢のまた夢・・」と辞世の句を残して息を引き取ります。

◆◆◆我慢比べ◆◆◆
1598年、慶長3年8月18日の夜ふけ、伏見城内の廊下を、
ヒョイヒョイと踊りながら、嬉しそうに歩く本多正信
この徳川家の謀略専門家を演じるのは、三國連太郎

古くは、萬屋錦之助演じる「宮本武蔵」の沢庵和尚、
映画「釣りバカ日誌」のスーさんこと鈴木建設の社長役でも有名。
つい先日、2014年12月6日に、地上波初放送となった、
三谷幸喜監督・脚本の映画「清洲会議」にて、
どっちつかずの池田恒興を演じた佐藤浩市さんの父上ですね。



「なぜ、そんなに嬉しそうなのか?」を尋ねる阿茶の局京塚昌子
昭和を代表するTBSドラマ「肝っ玉かあさん」「ありがとう」シリーズ。
制作・石井ふく子プロデューサーのお気に入りで、
当時、視聴率30%代を記録した人気ドラマの主演女優さんです。

薬作りに余念のない家康がポツリとひと言「死んだか・・?」
ニヤリと笑う正信が「はい、死にました」と答えるやり取りも絶妙。



翌日、豊臣家を割る為には、誰を旗印にすべきかを論じる家康に、
「秀頼!」と答える愚直な息子・徳川秀忠。演じるは中島久之

いやいや、秀頼相手では徳川が逆臣になっちゃう。
ここは、真っ先に秀吉の死を知らせてきた男、三成が相応しいと、
謀議を重ねる家康と正信・・・。

2012年公開、三池崇史監督の映画「愛と誠」は、
太賀誠に妻夫木聡、早乙女愛に武井咲、岩清水弘に斎藤工と、
70年代の漫画(梶原一騎原作・ながやす巧作画)のリメイク作品でしたが、

この「愛と誠」が1974年にテレビドラマ化された際、
ヒロインの早乙女愛に「君の為なら死ねる!」と口にする、
ガリ勉の岩清水を演じていたのが、この秀忠役の中島さんでした。

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さて、ドラマは本多正信の台詞から家康の回想シーンに突入。
「思えば、殿の人生は我慢の連続だった・・」と、
醜女で有名だった秀吉の妹・旭姫を正室にむかえた時にも、
律義に「夜のつとめ」を果たす家康のエピソードが、
石坂浩二のナレーションによって語られていきます。



一方の三成は、秀吉の死によって、
朝鮮からの撤兵という困難極まる仕事を担当する事に。

◆◆◆朝鮮からの撤退◆◆◆
無事に帰還した小西行長(川津祐介)の手を握る三成
このカットから、二人が特に親しい間柄だった事が理解できます。

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無口で無骨な島津義弘を演じるのは大友柳太朗
このドラマで前田利家を演じている、新国劇を支え続けた名優、
辰巳柳太郎さんの弟子の一人です。(他の弟子に緒形拳)



続いて黒田長政(菅野忠彦)池田輝政(神太郎)
加藤嘉明(石橋雅史)浅野幸長(竹内のぶし)が紹介され、
この場面の最後、床をドンドンと踏みならしながら登場するのが、
豊臣家を代表する猛将・加藤清正(藤岡弘)でした。



興味深いのは、「関ヶ原」で黒田長政役だった菅野さんが、
同年、1981年のNHK大河、佐久間良子主演の「おんな太閤記」で、
長政の父・黒田官兵衛を演じてる点でしょうか。(こちらの記事参照
この年の菅野さんは黒田家と縁が深かったみたいですね。w
(ちなみに「おんな太閤記」の織田信長は、藤岡弘さん)



諸将の皆様には、それぞれの領国にて戦陣の垢を落とし、
ゆっくりと養生された一年後、大坂にて茶を振舞いたいと告げる三成
この言葉に「よう、言うた!」と声を荒げる加藤清正

朝鮮に渡って七年あまり、明日の米にも困り果て、
餓死する兵を目の当たりにしてきた清正からすれば、
三成の慰労の言葉も、呑気な戯言にしか聞こえなかったんでしょう。

あえて諸将を出迎えに行かなかった家康の予想通り、
どうも、キナ臭い雰囲気になってきました・・。

▼ドラマ「関ヶ原」 ~問罪使~