リッキー・ハットン 明日への戦い | @TUG_man石田順裕応援ブログ

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世界リアルボクシングドキュメント



今年9月信じられないニュースが駆け巡った。ハットン突然の電撃復帰宣言だ。そして相手もまだ決まらぬまま18000枚のチケットが発売即完売。マリナッジが即世界戦を持ちかけるなどボクシング界に衝撃が走った。

ケルブルックか?もしやカーンではないのか?様々な憶測が飛び交う。ズラリと並んだ対戦候補リストは世界のトッボクサーばかりだ。通常であれば復帰戦には軽めの相手を選ぶのが最善である。


しかしハットンには〝究極の目標〟があった。



世界最高のメイウェザー、最強パッキャオへの復讐だ。

唯一の敗北であり引退に追いやった根元でもある。いずれかでいい。必ずやどちらか一方とのリベンジ戦にこぎつけてやる。

そのためには復帰戦で調整をしている時間などなかった。ハットンは一刻も早く世界最高峰のステージに立ち、力を証明する必要があった。




そして前WBA王者ビャチェスラフ・センチェンコ(32勝21KO1敗)という世界最高レベルのファイターを対戦相手に指名したのだった。


3年半ものブランクや激太りを考えると非常に困難な相手だ。しかしそれら全て踏まえて勝つ事ができなければそもそも復帰するに値しない。



敗戦のショックからうつ病にかかり自殺願望にかられた。夜な夜なナイフを片手に自殺を図るハットンを妻ジェニファーが必死に食い止めた。逃げ場を失ったハットンは酒とドラッグを拠り所とした。

両親にすら打ち明けられないでいたハットンの闇はタブロイド紙によって赤裸々に公表されいつしか亡霊となって取り憑いた。


〝コイツを打ちのめさなければならない〟


「私の人生はパッキャオにわずか2ラウンドで破壊された試合が全てです。失意の3年間を幽霊とともに過ごしました。残りの人生、その悪霊を取り払うためリングに戻って来ました」


これがハットンの戦いだった。




超満員に膨れ上がったマンチェスターアリーナ会場。

数々のビッグマッチが行われて来た会場だがこの日の盛り上り方は異様だった。2万もの観衆全てがハットンファンのみで埋め尽くされていたからだ。


ブウウウウウウウ!ブウウウウウウウ!!!


入場曲がかき消されるほどの凄まじいブーイングの嵐の中センチェンコが入場してきた。

完全アウェー。センチェンコの敵はハットンだけではない。センチェンコの攻勢にはブーイングが飛びハットンが少しでも攻める気配を見せようものなら地鳴りがするほどに歓声を上げるだろう。

ジャッジには厳密な採点基準が設けられているがこれに採点が少なからず影響されないとも限らない。

地元判定に打ち勝つには明確な勝利、KOが条件となるだろう。


ハットン!ハットン!ハットン!グォオオオオオオオオオオオ!!!


待ちに待ったハットンの登場だ。先程同様入場曲がかき消されているが様相は全く違う。今度はテーマソングの大合唱で曲が聞こえないのだ。それを遥かに上回る大音量で大観衆が歌っている。



ハットン実に3年半ぶりに実戦のリングに立った。目前の相手はセンチェンコ。しかし真の敵は己、弱き心となまった身体。さあどこまで回復しているのだろうか。




1ラウンド。ハットン大歓声に後押しされ猛然とアタックを開始した。素早くヘッドスリップでかわす。反応もいい。センチェンコの伸びるリードジャブをかいくぐって懐に潜り込む事に成功。センチェンコも面食らったが負けじとペースを上げるとハットン時おり被弾してしまう場面も。

しかしそれをもろともせず突進して行く様はまさにハットンのそれだ。


2ラウンド。なりふり構わずハットンパワフルな左右強打を振るう。まるでタイムスリップしたかのようだ。帰ってきたハットンを実感する。とにかく詰める。そしてぶん殴る。それを高次元で展開するヒットマンハットン。息をつかせぬ攻防一体のファイトスタイルだ。

このラウンドもハットンが採っただろう。


グォオオオオン!!グォオオオオオオオオオオオ!オオオオオオオ!!!





3ラウンド。まるで獲物を捕らえる猛獣のようなハットン。グイグイ押し込んで行く。左フック右フックと決まりセンチェンコロープまで吹っ飛んだ。これが本当に3年半もの間リングから遠ざかった男の動きなのか。にわかに信じ難い光景だ。

4ラウンド。ハットンなおも前進を続ける。センチェンコも距離を取ることに成功するとジャブ、そして右をボディーに持って行くなどして応戦する。しかしハットンは止まらない。そうして2人の肉体がぶつかり合うとクリンチでもみ合う場面も多く見られるようになってきた。ますますハットンテイストが増して来た。





5ラウンド。センチェンコが反撃に出た。距離を詰められてはハットンの思うつぼだ。ハットンの入り際に左リードが合い始め、さらにこのラウンドより右のロングを有効に放ち始めた。ハットン必死の追い足で詰めようとするが出鼻をくじかれ思うような展開に持って行けない。直線的に入って来るハットンに対しリングを広く使いこのラウンドはセンチェンコだ。



6ラウンド。ハットン目に見えて空振りが目立つ。フックが空を切ると反動で足を滑らす場面も。センチェンコ距離を支配したか。ハットンの打ち気を察知すると素早く引き、即座に左右のロングショットを決めていく。

7ラウンド。センチェンコのジャブ、ダイレクトの右、ボディーブロー攻勢を見せハットンをかわすフットワークも冴え渡る。ハットン押し込んでロープ際でラッシュを見せたい所だがやっと中に入ってもクリンチして終了。

ハットンバテてしまったのか。


8ラウンド。ハットン明らかに失速。センチェンコに真正面からでも打ち負けるようになってきた。それでもハットン手を出し続けるがヒットできない。終了間際センチェンコの左フックから右ストレートがモロにヒットした。試合序盤あれだけ沸いていた会場が静まり返っている。ハットン巻き返しなるのか。



9ラウンド。ポイントはザックリ試合序盤4ラウンドはハットン、中盤4ラウンドはセンチェンコといった所か。ここまでイーブン、勝負はラスト2ラウンドで決まる。両目を大きく晴らしたハットン、アウェーに乗り込んで来たセンチェンコとも勝負に出た。




前に前にと猛ダッシュするハットン。下がりながらビッグパンチで返すセンチェンコ。絡み合い2人リングに転がった。どちらも限界で戦っている。



ハットンが果敢なアタックを仕掛けるとセンチェンコの右ストレートから返しの左フックがボディーに突き刺さった。

ハットン、スローモーションのようにゆっくりと崩れ落ちた。立て膝をついた体勢から動けない。



そのままテンカウントされるとグッタリと横に倒れた。


ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!会場からは悲鳴と驚きとが入り交じった叫びがこだましている。


ハットンが限界を越えた瞬間だった。


個人的な見解としてこの試合について戦前から複雑な心境だった。地獄のような日々を送ってきたハットンの復活を心から願うとともに、センチェンコからしてみればその間も絶えず世界のトップ戦線を突っ走って来たわけだ。

ボクシングは日々の摂生と過酷なトレーニングによってのみ培われる。ハットンのブランクにいかなる事情があろうともセンチェンコの努力がそれを凌駕しなければ嘘になってしまう。

ハットンには勝ってほしいがセンチェンコにも負けてほしくなかった。


試合は9RKOという結果に終わった。




試合後記者会見に現れた顔面傷だらけのハットンはスッキリとした表情をしていた。

つい数時間前にはリング上を這いつくばり悔し涙を流していたとはとても思えない穏やかでやさしい表情だ。


何よりも強い目をしている。


「これでもう手首にナイフを置くような事はなくなった。やっと鏡に映った自分を褒めてやれるんだ。本当に良かった」



ハットンは悪霊に打ち勝ちセンチェンコはアウェーに負けなかった。

決意を持ってリングに上がった者には光が差し込み、敢然と立ち向かった者は報われた。






マシュー・マックリン
「ハットンの敗北を嘆くべきではないよ。その代わりに驚くべきキャリアを祝うべきじゃないかな。彼は最もエキサイティングで偉大なボクサーだよ。英国の誇りさ」



レノックス・ルイス
「ハットンは襲って来た不幸から多くを学んだからこそ前向きになる事が出来たんだよ。これからより良い人生を送る事ができるだろう。リッキーはもう大丈夫。全て上手く行くよ」



リッキー・ハットン
「私は幸せな男です。もう過去に絶望を感じる事はありません。今が本当に幸せだから。私は胸を張って自分自身を誇りに思います」









リッキー・ハットンは2012年11月24日を持って引退を発表した。





2012.11.24 Ricky Hatton vs Vyacheslav Senchenko