ボサボサの髪にボウボウ伸ばしっぱなしの髭顔。野人のようなアングロの風貌に一体何を思うだろうか。
まるで数ヶ月山ごもりでもしていたかのような変わり果てた姿だ。
アルフレド・アングロ(20勝18KO2敗)一度は世界の頂点を極めた男。
世界中のボクサーが成功を夢見てアメリカのリングを目指しやって来る。勝者には惜しみない賛美の声と金。
しかしそこへ辿り着く前には巨大なサバイブトーナメントを這い上がって行かねばならない。
主要4団体4本のベルトへの挑戦権を得るためにトップランカー同士激しくぶつかり合う。元アマ世界王者や金メダリスト、前世界王者もいれば複数階級制覇を狙うスターもいるだろう。
ロシア、キューバ、イギリス、プエルトリコ、メキシコ、アルゼンチン、カナダ、フランス、南アフリカ、ドイツ…あらゆる国のあらゆるボクサーが上へ上へ、今か今かとチャンスをうかがい長蛇の列をつくる。
アングロもまたチャンスをうかがいトレーニングに励んでいた。
しかし昨年11月ジェームス・カークランドとの一戦に敗れた直後の事、アングロは不法滞在で収容所へブチ込まれてしまった。
「オレは真っ先に娘の事が心配になった。考えて考えて仕方なかったよ」;
「そうしてしばらくして落ち着くと今度は同じように拘束されている仲間たちを何とか助けられないか?と悩むようになった。最後は自分自身、米国のリングに2度と戻れないんじゃないかと不安、絶望感が襲って来たんだ」
アングロは四角い壁に被われた拘置所で履くクツもなければ一切のトレーニングを禁止される羽目になってしまった。肉体を鍛える事は脱獄を企てる行為と見なされるからだ。
リング上で戦っていたはずのアングロはいつの間にか自由と戦っていた。
もちろん不法就労は罰せられてしかるべきだ。有名人だからといって特別扱いをするような問題でもない。しかしゴールデンボーイプロモーションという身元引き受けする会社があり、ボクシングファンなら聞けば誰もが知っているようなスターボクサー、違法に大金を稼ぎ脱税していたわけでもない。
簡単な手続きを済ませれば3日間の拘留で出られると見られていた。しかしいつまで待ってもアングロは出てこなかった。
ここにメキシコから不法に入国し犯罪に手を染める例が後を絶たない社会問題が見え隠れする。
移民問題。
アングロはそういった密入国者に対する見せしめに利用されてしまったのかも知れない。晴れて出所となっても米国ビザが2度と下りない可能性すら出て来てしまった。
GBPから仲立ち人が派遣され即座に対応するも受入れられずアングロはこの収容所生活を強いられる事になってしまった。
「オレは人生で悪い出来事が起こった後には必ず良い事が起こると信じてるんだ」
アングロは法律との7ヶ月間もの長い戦いに勝利した。そしてボサボサの髪に髭顔の野人となって出て来たのだ。
「オレは自分の本当の髪型が分かったんだ。髪を伸ばせるだけ伸ばして生えないで困っている人たちのために寄付するんだよ。病気の子供たちのかつらになるんだ。これを愛のロックって言うんだぜ」
拘束されている仲間を助けたい。助けたい。助けたい。と何か人助けができないかと黙々と調べているうちに辿り着いたとアングロは言う。
「今は問題が全てクリアになったよ。オレはアメリカのリングに戻れるんだ。再び戦うために一日自由にトレーニングできる事への感謝を忘れないよ。ファンのために本当に良い戦いを見せたいんだ」
ロサンゼルスステープルズセンターからShowtimeでのカムバック戦だ。カークランド戦の敗北からもう一年が過ぎようとしていた。
ろくに練習もできなかった長いブランク。それまでのうっぷんを晴らすかのような強烈な左右フック。わずか59秒の復帰のリング。
会場を包み込む歓喜の声、一斉の手拍子。
トレーナーとそっと抱き合うアングロ。手を高く上げ声援に答えると会場が沸き、さらなる歓声で揺れた。
アングロはゆっくりとリングを周りながら勝利を実に寡黙に、実に地味に、実に控え目に噛み締めていた。
そうして勝利者インタビューを受けると少しだけはにかんでスッと一度だけ涙を拭った。
「リングに足を踏み入れた瞬間、観衆の声援が聞こえて来た時は思わずウッてなったけど必至にこらえたよ。でも勝った後は駄目だったな。涙なんて見せたくなかったからリングをうろついてごまかしたんだけどな」
アングロがリングへ帰って来た。
リアルボクサーたちのこうしたエピソードを知るとやるせなくて、どうにかしたくて何やら叫びたくなってしまう事がある。
それがもしかしたらアングロの言う愛のロックなのかも知れない。
2012.11.10 Alfredo Perro Angulo vs Raul Casarez試合動画はこちらから
Alfredo Angulo interviewed at ICE detention center