「腹話術師」/清らかな不思議小説 | 旧・日常&読んだ本log

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流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

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三橋 一夫
三橋一夫ふしぎ小説集成 (1)
出版芸術社

目次
腹話術師/猫柳の下にて/久遠寺の木像/トーガの星/勇士カリガッチ博士/白の昇天/脳味噌製造人/招く不思議な木/級友「でっぽ」/私と私/まぼろし部落/達磨あざ/ばおばぶの森の彼方/島底/鏡の中の人生/駒形通り/親友トクロポント氏/死の一夜/歌奴/泥的/帰郷/人相観/戸田良彦

「まぼろし部落」のころ  三橋 一夫
不思議作家の不思議人生  東 雅夫
解説           日下 三蔵


テレ性だから、自分自身のことを書くのに、ありのままを書くのがテレ臭くて、自分ではそのまま書いているつもりが、へんな具合になってしまう。だから、怪奇小説とか、不思議小説などと言われてきたけれど、自分の書くものは実は私小説である(「まぼろし部落」のころより、意訳抜粋)。
これはそう語る三橋一夫が、描き出す不思議な世界。

だから、作家本人の心持ちのままに描き出されるその世界は、物悲しかったり、不思議なもの、この世ならぬものを描いていても、そこにはぽっかりと明るい光が射し込んでいる。

奇妙な世界の片隅で 」のkazuouさんに教えてもらった作家さんなのですが、面白く、好みの作風でした。kazuouさん、ありがとうございました!

短篇というのは、時に用心して読まないと、ばっさり後味悪いものもあるけれど、この三橋作品は安心して読めるのです。短篇として切れ味が悪いとか、そういう話ではなくて、それはやっぱり、この作家さん独特の明るい心持ち、ユーモアのためではないのかなぁ。

繰り返し出てくるのは、貧しくとも、つましく互いを思い遣り、希望を失わずに生きている家族。そんな家族に訪れる不思議な出来事・・・。これはね、「不思議作家の不思議人生」を読むと、この不思議小説が私小説だというのも、さもありなん、と思うのです。

この三橋一夫さん自身の人生も、まるで小説のようになかなか興味深い。幕府御指南番旗本の家柄に生れ(曽祖父の三橋虎蔵は直心影流の使い手で、幕末、突きでは無双とうたわれた剣客だとか)、幼少の頃は病弱であったものの、父の鍛錬の成果もあり、武芸に通じて成長した。とはいえ、体育会系一筋というわけではなく、文学少年としての一面をも持っており、神戸三中時代に創った同人雑誌「ダイアナ」には、あの淀川長治さんもいたのだとか。大学卒業前年に満州事変が起こり、騎砲兵大隊に入隊するも、終戦後には失職。大学時代には大学派遣の留学生として、ヨーロッパ各国を巡歴したため、それを活かそうとしても頑丈そうな四十男ではホテルへの就職も難しく、武術を教える事は進駐軍が許さない。八方塞かに見えた状況だけれど、小説がその身を救う。それもまた、幸運な出会いがあってこそなんだけど。

その他、推理物調の「級友「でっぽ」」、「死の一夜」に出てくる、呉警部の人物造詣も、何だか面白かったです。 禿げ頭に海豹のような口ひげ。パイプを離さず、この人物はこんな殺人を犯し得るという確信がなければ、満足出来ないという独特の推理術を持つ、呉洋一警部。犯人から見れば厄介だろうけれど、なかなか魅力的でありますよ。
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