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2006-11-19 19:42:28

「わたしを離さないで」/この無慈悲な世界の中で

テーマ:早川書房

カズオ イシグロ
わたしを離さないで

1990年代末のイギリス。

十一歳だったキャシー・Hは、ジュディ・ブリッジウォーターの『夜に聞く歌』に収められた「わたしを離さないで」を飽くことなく聴く。「ネバーレットミーゴー・・・・・・オー、ベイビー、ベイビー・・・・・・わたしを離さないで・・・・・・」彼女が思い浮かべるのは、一人の女性。子供に恵まれなかったのに、奇跡的に授かった赤ちゃんを胸に抱きしめ歌うのだ・・・。勿論、ここで言う歌詞の「ベイビー」は、赤ちゃんを指すベイビーではない。しかしながら、キャシーにとっては、母親と赤ちゃんの曲だったのだ。

三十一歳となった「介護人」のキャシー・Hは、「介護人」としての生活と、彼女が過ごした子供時代を語る。彼女が子供時代を過ごしたのは、ヘールシャムという施設。

癇癪持ちだけれど、明るい気質を隠そうともしないトミー、いつも思わせぶりながら、多大な影響力を持つルース、他の子供たち・・・。厳格なエミリ先生、率直なルーシー先生、子供たちにとって少々不気味な存在でもあった「マダム」。教えるべきことをきっちりと押さえた丁寧な授業。異様に力を入れられる、「創造的な」図画工作の時間。詩作・・・。繰り返されたトミーへの苛め。毎週の健康診断。外部から遮断され、入念に保護された生活。一風変わった寄宿舎生活にも見える、この施設での生活の秘密が徐々に明かされる・・・。そして、ヘールシャムからの巣立ち。彼女たちは十六歳でこの施設から巣立つ。

抑制の利いた筆致は最後まで崩れる事がないけれど、ここで語られ、やがて立ち上がってくるのは驚愕としか言いようがない世界。この世界の中で、ヘールシャムの子供たちはどう生きたのか? そして、その他の施設からやって来た「子供たち」の間にも根強かった、ある噂。噂は果たして真実なのか?

抑制の利いた筆致は、しかし残酷で無慈悲な世界を暴き出す。知りたがり屋のキャシーとトミー、それに反して信じたがり屋だったルース・・・。人にとって「最善」とは何なのか?

私の文章も、思いっきり思わせぶりになってしまったような気がするけど、これは本来、何の先入観もなしに読んだ本がいい本だから。でも、間違いなく凄い本です。是非是非、読んでみてくださいませ。面白くて読むのが止められなくなる本は、そう多くはないけれど、まぁ、それなりに数はある。
でも、久しぶりに切実な意味で、読むのが止められなくなる本でした。抑制された筆致ながら、胸に迫り繰る切迫感は凄まじいです。

カズオ・イシグロといえば、日の名残り」を読んだ切りだったんだけど(あのころは、イシグロ・カズオじゃなかったっけ?)、読んだときの自分の年齢が幼かったのか、本当にその良さを理解できたとは言えなかったような気もする。あれはリアリズムの世界だったけれど、こちら、わたしを離さないで」は近未来のあるかもしれない世界を描いて、その中で生きる人間たちの像が実に素晴らしい。ああ、凄い本を読みました。

先生の言葉から喚起された、ノーフォークという土地への子供たちのイメージ。イギリスのロストコーナー(忘れられた土地)、ノーフォーク。先生が授業で話した「ロストコーナー」とは、忘れられた土地という意味だったけれど、ロストコーナーには遺失物置き場という意味もある。子供たちの中で、ノーフォークはイギリスのロストコーナー、イギリス中の落し物が集められる場所となった。このノーフォークのイメージは、美しくも哀しい。

作中に出てきた、ジュディ・ブリッジウォーターという歌手。検索をかけてみたところ、どうやら架空の人物のようです。こんなところも、きっちりと作り込まれていたのだなぁ。 静謐な世界、喪われるものを描く点では、小川洋子さんの作品にも似ているように感じたけど、小川さんがそこまでは描き切らない痛いところ、辛いところまで、抑制の利いた筆致を崩さぬまま、きっちりと描いているような印象を受けた。

【追記】
他の方のブログで見かけて、気になっていた柴田元幸さんは、英米文学研究者なのですね。この本の解説は柴田さんがなさっています。「ナイン・インタビューズ 柴田元幸と9人の作家たち」も気になるなぁ。


ポール・オースター, 村上春樹, カズオ・イシグロ, リチャード・パワーズ, レベッカ・ブラウン, スチュアート・ダイベック, シリ・ハストヴェット, アート・スピーゲルマン, T・R・ピアソン, 柴田 元幸
ナイン・インタビューズ

■その後に読んだ、カズオ・イシグロの感想です。

・「
わたしたちが孤児だったころ 」/揺らぐ世界の中で・・・・
・「
女たちの遠い夏 」/陽炎のようなあの夏の思い出・・・

記事には上げ損ねたけれど、再読した「日の名残り」も、昔読んだ時に感じたような、実直な執事の単純な昔物語ではありませんでした。抑えられた中から立ちのぼってくる様々な感情に、くらくらとするような物語。おっとなー!、なのです。

コメント

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1 ■私も

偶然だ、私もこの本が読みたいと思っていたの。
なぜだったかなぁ・・・。
どっかで見かけて、読んでみたくて。
ただいま図書館でリクエスト中なのです。
すっごい楽しみになってきましたぁぁ♪

2 ■>みわさん

おー、ほんと偶然。私もこれ、予約して借りられたの。
でも、これは本当に凄い本です。小説の力、物語の力を感じて、物凄い衝撃を受けました。話題になってるのかもしれないけど、もっと話題になってもいいのに!、と思います。
みわさんの感想も楽しみだなぁ。待ってまーす♪

3 ■つなさん、こんばんは

実は、わたし、最初の30Pほど読んで、おあづけにしたまま。
これは現実の話ではないな、どんな結末かはわからないけど近未来という設定か・・・あるいは・・・という予測は、つなさんのレビューから当たらずとも遠からずのようだなと思ったのですが・・・。

4 ■>ahahaさん

こんばんはー。
おお、「おあづけ」だったのですか!笑
私はうっかり読み始めて、そのまんまずーっと同じ姿勢でぐいぐい読んでしまいました。
そう、1990年代末のイギリスといいながら、これは現実の世界を描いたものではありません。でも、あるかもしれない世界です。多少SF的な設定だけれど、普遍的な部分もきちんとある物語です。
ahahaさんの感想を楽しみにしていまーす♪ 柴田さんの本も気になりました。笑

5 ■興味あり

カズオ イシグロ は、「日の名残」で読み方を間違えて以来、気になっている作家です。
表紙も面白そうですし、楽しみです。

柴田元幸さんは東大かどこかで講義を持っていたかと思います。
ポールオースターの訳とユアグローの訳をやっている、気になる翻訳家の一人です。

6 ■>bookbathさん

「読み方を間違えて」も気になります。笑
どうされちゃったのでしょうか。
これ、いいですよー。bookbathさんの感想も是非お聞きしたい!

おー、柴田さん情報もありがとうございます。bookbathさんもやっぱり気になりますか?(でも、ポールオースターも読んだことのない私・・・)

7 ■イシグロつながりで

TBさせていただきました。
「日の名残り」の間違えた読み方を書いています。

柴田さんは村上春樹とも仲がよくて、エッセイにでてきたりしますね。

奇妙な絵本の訳をしたりと、結構この人の訳した本なら手に持ってみようかな、という人のです。

後知っている翻訳家は、大森望ぐらいですが。

8 ■>bookbathさん

こんばんはー。
今ちょうど、bookbathさんとこに行っていました。
でも、やっぱり私は「日の名残り」をあんまり覚えていないなぁ、という事に気付きまして。笑 bookbathさんの「間違えた読み方」に、限りなく近い読み方をしてしまったようです。実直な執事を淡々と描いたものだと思っていたんですが、コメント欄にあったような話しだったとすると、これは怖い! うーん、こちらがメインだったのでしょうか。

ほー、柴田さんと村上春樹は仲良しなんですねえ。私、実は、村上春樹がちょっとダメで。彼の小説よりは、むしろ彼が訳したものの方が好きみたいです。

あはは、私が知っている翻訳家は、南條竹則さんくらいかなぁ。この人もなかなか面白い味わいの作家さんですよ。

9 ■読みました

読みましたよ。すごい話ですねぇ・・・。
なんかキャシーが好きになってしまった、私。
なんていうんだろう、淡々としてるのにものすごくずしーんと来るよね。

10 ■>みわさん

読まれましたねー!!
ね、これ、すごい物語ですよねえ。
絶句というか・・・。でも、こんな凄い物語に出会えてよかったなぁ、と。
ほんと、淡々としてるんだけど、胸に迫りくるものは凄いですよね。うんうん、キャシー、好きになっちゃいますよね。
私は、カズオ・イシグロ、も少し読み進めてみようと思っています♪
トラバもどもです。この後、お返しいたしまーす。

11 ■この人の本

こちらの記事で気になって1冊くらいは読んでみたいと思っていたところに、古本屋(ブックオフ♪)で発見したので買ってきたのですが…。
あれっ。『日の名残り』って最初に読むの、びみょう?笑 どうしよう…。

12 ■>rizwordsさん

私はねー、実は他の場所でも、マイケル・コナリーが気になってまして、rizwordsさんとこでも駄目押しで記事を見て、うむむむと悩んでます。笑 これは、マイケル・コナリーと同時に手に入れられたのでしょうか?
「日の名残り」はですね、読んだのが随分前なので、ほとんど忘れてしまったという問題もあるのですね。笑 もう一つの問題は、読む前にこんな話をするのもなんですが、「語り手」を信頼するかどうかということ。
ああ、でも、私もやっぱり、これ、読み返すべきかなぁ。ガリガリと読み進めたいとか言ってる前に、きちんと覚えてないものはもう一度読め、という気もします。笑
読まれたら、感想を教えてくださいねー。あと、「わたしを離さないで」は掛け値なしにすごい作品だと思うので、図書館などにあったら是非~。

13 ■おや

最後のコメント私でしたか(笑)。
2ヶ月半ぶりですがこんばんは。TBいたしました。
こちらの記事のお陰ですごい作品に出会えました(図書館にありました。笑)。ありがとうございます。たくさんの人が読めるように、図書館に絶対あってほしい作品だなーと思いました。
しかし改めて、こちらの記事はいい記事ですねえ~。

14 ■>rizwordsさん

おや、ほんとですね。
戻ってきてくださって、ありがとうです。笑
(そうか、二ヵ月半ぶりなのか。笑 この後、私も『日の名残り』を読み直したというのに、記事におこさぬまま、時間が経ってしまいました・・・)

図書館にありましたか! ほんと、この本、もっと話題になってもいいのになぁ。凄い本ですよねえ。最近、ブログ界隈で話題といえば、全然違う系統ですが、ルイス・サッカーの『穴』という本も、凄い本ですよ。こちらは抜群の面白さ。もし、未読で興味をもたれたらどうぞ~。
う、記事、良かったですか? ありがとうです~、うれしいな~♪
*トラバもどもです。お返ししますね!

15 ■カズオ・イシグロ

つなさんの書いているとおり、本当はこの本は前知識なしで、どこか奇妙な子供時代の思い出話の実態をじわじわ知っていくほうが面白いのでしょうね。
私は、先にこの本を読んだ夫から肝心のことを聞いてしまっていたので、そこは逃したかも。

でも、語っているんだけどなかなか核心に触れられずにいるような、隠している訳じゃないんだけどズバリと言えずにじわじわ明らかにされていくような、淡々かつモヤモヤした語り口がとても気に入りました。

つなさんのリンク、ほかのイシグロ氏の記事も読み、中でも「女達の遠い夏」に非常に惹かれます。 でも家にはもう一冊夫が先によんだ「日の名残」があるんですが・・・
どうしようかな~!

16 ■>有閑マダムさん

トラバ返し、ありがとうございます♪

私ももともと、ネットでこの本のことを教えてもらったのですが、肝心な部分はぼかされていたので、「奇妙な」物語として、読むことができました。
もう、先が気になって気になって、ぐいぐい読んでしまったのですよ。
信頼のおける読み手から紹介されるのもいいですけど、肝心の部分を聞いてしまうのは、ちょっともったいないような気がしますね。笑
この本自体は、「ネタ」が割れたからどう、なんてレベルの低いものではありませんが…。

曖昧な語り口だとすると、「わたしたちが孤児だったころ」も、雰囲気はこれに近かったです。
「女たちの遠い夏」(リンクも読んでくださり、ありがとーです!)は、「遠い山なみの光」として手に入るかもしれません。「女たち~」もまたじわじわ来ますよ~。

お、「日の名残り」ですね! でも、これもいいんですよ。まさに日の名残り、落日のイギリスと老執事が美しいです♪

17 ■雪の日に

こんにちは。今朝から雪が降って、本当に寒いです。ぶるぶる。
私も、いつか7月のイギリスの田園地帯を車でドライブしたいです。
ところで、カズオ・イシグロさんの「日の名残り」を先週風邪をひいてしまい、のんぶり土日にかけて読破したのですが、素晴らしい本でした。
映画で観ていたので、最初は読む気持ちがなかったのですが、先日大学時代の友人たちと会った時の植民地時代のイギリスの話によります。
フランスほど、イギリスは混血がいないそうですが、その根底には保守的な階級意識があるとのこと。

日本人でありながら、英国人になった著者から見たイギリスという視点からも大変興味がありましたが、映画以上に原作はとてもよくて深い感動を覚えました。

18 ■>樹衣子さん

こんばんは~。
残念ながら(?)、こちらは雪ではなく雨の週末でした。首都圏は大騒ぎで、ちょっと楽しそう…。笑

「日の名残り」、いいですよねえ。
私はうっかり記事を書き損ねたのですが…。
樹衣子さんの力のこもった記事も読んできましたよ! また再読しているような気分になりました。

「栄光の昔」があるところもイギリスという国の面白さの一つなのかな、と思うのですが、樹衣子さんのご友人との会話も気になります♪
そんな会話がさらりと出来るところもいいですね。

19 ■すごいですね

コメントまで移動している。

自分の古いコメントを読んでしまって恥ずかしくなってきました。

あらすじと評判から大体内容を予測して読んだのがいけなかったのか、「日の名残」に続いてまた、ピンとこないまま読み終えてしみました。

カズオさんの作品は「あきらめ」「運命」「郷愁」みたいなものに鋭敏じゃないと面白く読めないのかなぁ、と思ってしまいました。

20 ■>bookbathさん

こんばんは~。
bookbathさんの記事を読んで、トラバしなきゃ!と思ってたんですが、最近、fc2からアメブロへのトラバが全く通らないので、ふててました。笑
(結局、こちらの古い記事からトラバさせて頂きました)

えーと、スキンをしょっちゅう変えてるので、紛らわしいかもしれませんが、こちらは引っ越し前の古いブログです。
fc2の方にも記事は移したんですが、コメントやトラバまでは移せませんでした…。

書評ブログを巡回してると、確かに難しいところなんですが、情報を知らないと面白そうという食指もも動かないけれど、あまり事前に知ってしまうのもねえ。

むーーん、あんまりでしたか。
でも、この本もいろいろな人の色々な読み方があって、面白いなぁと思います。

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