主人公、伊崎友希江はごく平凡な主婦。彼女の夫は、地域一帯を支配するヤサカという企業の研究所に勤め、一人娘は幼稚園に通っている。友希江自身は、気が向いた時にパート勤めをするくらい。目下、気になるのは、近くに住む義母の、マイペースで迷惑とも言える、彼女の家族への関わり方。
しかしながら、彼女の決まった日常が、ある日決壊する。夫、文則が脳梗塞で倒れたのだ。文則は休日出勤を繰り返し、業務上の飲み会も多く、また帰宅してからも、中間管理職のストレスからか、飲酒を欠かさなかった。食生活も良好とは言い難かったが、新婚の頃とは異なり、また、文則の女性関係のトラブルが続いたせいで、彼女は夫に対する関心を失っていた。
彼女は夫が倒れたその事にショックを受けたわけではない。彼女に結婚退職を迫った「ヤサカ」が、その時と同じ顔をして夫に退職を迫る事にキレたのだ。小さい頃はクラス委員をしたり、また生家では妹が先に爆発するために、いつも爆発し損なっていたような彼女が、自分達を切り捨てようとするヤサカに復讐を誓う。
このキレ方が、方言の影響もあって、また凄まじい。日常感じていた苛立ち、全てに対してキレるキレる・・・。彼女は幼稚園の母親の間でも浮いた存在になり、義母もまた彼女を恐れるようになる。そして、若い頃に嫌がらせを受けた女性に、こんな風にまで言われるように。
「十年前のあんたとほんまに同一人物とは信じられへんわ。言うことも、やることも、顔つきまで違う感じや。時間は人間を変えるっちゅうことか」
彼女はついに、地元の大企業「ヤサカ」の不祥事をすっぱ抜き、社長の愛人宅までにも忍び込むが・・・。
桐野夏生さん描くところの、突き抜けた悪意に似たものを感じた。読んだ事はないのだけれど、平凡な主婦が・・・というフレーズからは、桐野さん著の「OUT」を思い出した(こちらは一人、「OUT」は仲間の主婦みんなでだから、結構違うのかもしれないけど。ううむ、やはり、「OUT」もこの際、読んでみよう)。
この突き抜け方は凄まじいし、一気に読んでしまった作品なのだけれど、決して気持ち良い読後感ではない。突き抜けた先に何があるのか? それが今ひとつ見えてこないような気がする。でも、凄い迫力のある文ではあるので、後一作くらいは読んでから、この作家さんの判断をしたい感じ。
一度そこにいると知ってしまったら、もやはなかったことにはできない。
それが、「かび」。
(でも、同作者の「どろ」もあらすじを読む限り、救いのない感じ・・・。
ああ、次は何を読めばいいのだ?)
単行本の表紙の方が怖くてイメージです
*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。