今週の範馬刃牙/第278話 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第278話/秘技・秘術



意識の空白、0.5秒の探りあいで膠着していた両者。だが勇次郎は、どうした意図からか、この緊張を破り、攻撃のカウントダウンをはじめる。

この0.5秒拳の極意は、相手の意識を一点に集中させるなりして独唱状態にし、なおかつ、じぶんは複合的な、もしかすると無意識のなかに合奏状態で行動することで、達成される。毎度書いていることなので、この仮説の内容については過去記事をさかのぼってみてください。

勇次郎はかってにカウントをすすめることで、はじめからこたえを開示し、みずからの意識の一点への集中を拡散させたのである。そうすることで、意識は独唱状態を逃れ、無垢な空白をさらすことはなくなる。逆に、脚本通りであるなら、カウントゼロのタイミングをねらうバキは一点に意識を集中することになり、要するに準備万端で0.5秒の無意識を曝してしまうはずなのである。

バキはたしかに勇次郎のカウントに支配されている。父の拳を凝視し、タイミングをはかり、抜拳する。手をポケットから抜くのではなく、手の高さはそのまま、腰を瞬間的に落とし、抜いた状態にしたのだ。考えてとられた行動ではないらしい。身体がかってにそう選択したものだという。ということは、バキはあれほど集中しながら、逐語訳的に思考をふるまいにうつすというふうにはせず、からだのかってな反応、つまり無意識を残していたらしい。肉体がなぜその動きを選択したのかはわからない。これは反射的な動きなのであるから、ひとつの理由にひとつの行動が対応するというふうにはなっていないだろう。だが、龍書文の抜拳術では、拳を見せないまま加速が達成されている、というところに特徴があったはずだ。これでは拳そのものに攻撃は宿っていないようにおもえる。つまり、ここでバキのとった行動は、抜拳術として攻撃を放つということではないく、「拳をすばやく抜く」ということのみだったのである。

事実、瞬間の出来事だとおもうが、バキは手を抜いたあと一瞬静止してしまっている。勇次郎のカウントゼロは攻撃が放たれるということの表象である。バキは予測されるそのふるまいに対応するものとして、鏡のようにぴたりと動きを合わせ、彼の抜拳術の文脈における「カウントゼロ」を表現したわけである。なぜなら、0.5秒の探りあいにおいては相手の意識の空白を探り行動に出るまさそるにこの瞬間がもっとも危険だからである。腰を落とすというしぐさも象徴的である。原理的にはいまだに両者は膠着している。相手の意識を正確に読み、さらに相手の速度を超えないかぎり、このレベルの探りあいでは出たほうが負けなのである。バキには、勇次郎もそうだけど、これしかなかったのだ。



勇次郎の拳が握られた。どのくらいの時間が経過しているのかわからないが、両者は一瞬停止する。しかし勇次郎の拳はゆっくりと動き出す。ふざけた表情で奇声を発しながら、ふにゃふにゃのラッキーマンのパンチみたいな突きがバキの顔面に向かう。髪の毛が湯船のなかの山村貞子みたいに広がっていて、バキじゃなくてもたじろぐ異様さである。

やがて威力ゼロの拳がバキの顔面に到達する。バキは、父のおそるべき姿に呆然としているのか、なにか意図があるのか、流れに任せているのか、目を見開いたままじっとしている。

と、バキの顔面に触れた拳にちからが宿る、寸剄なのである。

勇次郎の拳がバキの横面を打ち抜く。が、バキは吹き飛ばない。拳をとらえたまま飛び上がり、右足は勇次郎の頭上にむかい、うえから首をおさえ、左の膝が真下から顎へとむかう。すげえ見たことある絵だ。



「息子 刃牙からの


今宵 最大の贈り物(プレゼント)



上顎と・・・・


下顎・・・・


噛み砕く 


虎の顎になぞらえた


秘技



その名も虎王!!!」



つづく。



これは驚いた。

虎王は『餓狼伝』における竹宮流の奥義である。

といっても、丹波文七が大観衆の見守る前でつかってしまったので、もう秘技ではないけど。長田もつかってたっけ。

技としては、完全にきまっている。膝蹴りは固定された勇次郎の顎をきれいにとらえ、流れるように右足で首を制し、腕もきまっている。

バキがこの技をつかうのは今回がはじめてではない。光成邸にやってきたとき、護衛かなんかの地下闘技場のひと(加納だったかな)を仕留めるとき、バキはこれをつかっている。しかしどうだったかな、あのときはたぶん、虎王の名前は出ていなかったし、秘技という感じでもなかった。バキの天才が、確立された技術よりナチュラルに導き出した、即興的な技だったのかもしれない。あのあとすぐ、バキに「いまのもう一回やって」とたのんだら、バキは「ナニが?」みたいな顔をしたかも。

しかし今回においては明らかに、この技の出自が餓狼伝、つまり異次元の物語であり、秘技であるということが意識されている。

ここにはふたつの意味が見出せるとおもう。まず、0・5秒拳のにらみあい、硬直を乗り越えるものとしての、カウンターとしての虎王である。

あくまで事後的にはということだが、勇次郎はたぶん、一種の戯れの戦略として、一連の奇怪な動きと寸剄をあわせてきたはずである。

しかし勇次郎は、タイミングを支配することで逆に、カウントとそこから続く戯れに意識を集中しすぎてしまったのかもしれない。たしかに勇次郎は、バキの意識を点的にすることに成功したのかもしれないが、やはり同時に、彼自身も、バキの意識を一点に集中させるというふるまいに集中してしまっていたのである。

カウンターは、相手の技に対する応答である。カウンターのみが、それじたいで自存するということはありえない。

バキは、最初の抜拳のじてんで、勇次郎の動きに遅れぬよう、少しのずれも起こさぬよう、すさまじい速度で、しかも彼の文脈で、勇次郎の鏡になろうとしていた。

そうして、つづけてくりだされたほんものの攻撃にも、わずかも遅れず、バキは応答してみせる。すなわち、相手の攻撃をもらいつつ攻撃を決める技術、虎王なのである。

わずかなすきを探り合うことで、このたたかいは創造される対話的現象というよりは、なにか弁証法的な、止揚するものになっていた。しかしここにきて、闘争は議論からコミュニケーションのようなものへと、また変わってきているのかもしれない。

相手の鏡であることを続けても、原理的にバキが勇次郎を超えるということはありえない。どんなにはやく動いても、高速を超えない限り、わたしたちは鏡のなかのわたしよりはやく動くということはできない。しかし少なくとも、0.5秒の探りあいがもたらした膠着は、乗り越えられたのだとおもう。

もうひとつの虎王が孕む意味は、これが「餓狼伝」という(たぶん)別世界に存在する技術であるということである。

範馬勇次郎は、混沌としたバキワールドの最強戦線に秩序を与える、ただひとり計量可能な強さをもつ人物である。

バキ世界の脇役どうしの対戦が、バキや勇次郎ぬきであれほどおもしろいのは、この作品の成立する原理のなかに、たやすく転覆する位置関係、つまり強さの計量不可能が刻まれているからである。以前にも書いたことだが、加藤ではピクルに勝つことはできない。100回やったら100回負ける。だが101回やったら勝つかもしれない。たぶん勝てないけど。とにかく、そうした流動性が、物語のなかに通奏しているのである。

しかし範馬勇次郎だけはちがう。勇次郎以外のすべての人物は、「彼より弱い」というしかたで相対化されてしまう。つまり、計量可能な存在になってしまう。彼は、存在することで、それ以外の戦士たちの強さを「彼より低い」ものとして数値化してしまうのである。数値化は、彼らの戦士としての無二性を否定する。勇次郎は無言で、「おまえらにできておれにできないことはない」と、その存在そのもので告げているのである。

いずれにしても、彼は神のような万能さで、世界をあまねく包含する。ジャックが噛み付きを敢行したときがもっとも印象的だが、彼は意外にも解説くさいセリフをたびたびくちにする。というのは、彼にとっては、知識としてでも経験としてでも、あるいは発明としてでもなんでもかまわない、すべての、少なくとも闘争にかかわる現象は、計量可能であり、翻訳可能であり、理解可能なのである。彼はつねに、目の前におこる現象を「知っている」、それが、彼の強さの間接的表現なのであり、同時に原因なのである。

したがって、勇次郎にとって世界は「既知」である。未知なる他者は、彼にとっては求めても手に入らない。

勇次郎が夢にまでみたバキの魅力は、たぶんこの未知性にあった。彼にとって彼のわがままをくじくものは、はじめての「他者」であり、未知である。

だから、勇次郎を制する技術は、未知性を帯びなくてはならない。異次元の世界のものでなくてはならない。すなわち、価値として「秘技」性を帯びたものでなくてはならない。

これは、おなじ「餓狼伝」におけるグレート巽対泣き虫サクラの決着によく似ている。サクラは、闘争を、人体を、人間を知り尽くしている。目の見えない彼にとっては、知こそが強さの基本であった。世界を既知でうめつくし、恐怖を生むを未知は消し去らねばならない。そこを逆手に取った巽は、折れた腕を逆に曲げ、ありえない方向から首をしめあげるというしかたで勝利を獲得した。サクラの既知の領域では勝ち目はない。巽はなんとしても、サクラの未知を見つけ出さねばならなかったのである。同様のことが、今回バキの世界でも起こったのである。






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