『東京ファイティングキッズ・リターン』内田樹/平川克美 | すっぴんマスター

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■『東京ファイティングキッズ・リターン 悪い兄たちが帰ってきた』内田樹/平川克実共著 文春文庫



東京ファイティングキッズ・リターン―悪い兄たちが帰ってきた (文春文庫)/内田 樹
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「「若いやつらにばあんと説教」。そんな依頼に応えた論壇の二人の悪い兄たちは、実は小学生時代からの盟友だった。往復メールでファイトするのは、「自由という神話、成長という物神」「詩と反復」「キャリアという自己商品化」「ブリコラージュ的知性について」etc.。野暮はよしなよ、と世間に気を吐く巻末対談も併録」裏表紙から




内田樹と旧友・平川克美による往復書簡。


今回も内田樹の思考は切れ味抜群、世界が開いていくという感じがすごくした。


はなしは際限なくあちらこちらへととび、相手が長い文中にわずかに示した鍵概念をすくいあげ、あくまで対話形式であることを意識的に文体に活用しつつ、こちらでふくらませ、それはそれでまた置いて帰り…ということをくりかえし、ことばがことばを生成していくような増殖の感覚が強かった。だから、タイトルや裏表紙にあるような「ファイト」だとか「若い奴らに云々」という気配はむしろ弱く、なにか…たとえば、昨日のひとの続きで、なにを完成とするものかはいまだ不明な粘土細工にぺたぺた粘土を貼り付けていく、というような、非常に創造的な印象の対談です。だから、たんじゅんにそれぞれの意見が「対話」というフォルムのなかにおさめられているというのともちがって、もちろん、たとえば僕では、内田樹の著作は新しいものはだいたい読んでいるし、ブログもおさえているので、聞いたことのあるかんがえや比喩が出てくることは珍しくないのだけど、それがたんに平川克美を相手に語られるというのともちがい、そこにはなにか生物のようなことばの生臭さがある(それはたぶんふたりが古くからの気の置けない友人であるということも無関係ではないだろうけど)。つまり、いっぽうのメールがおわった次のメールでは、一見するとまったくちがうはなしをしているようなのだけど、通して見ると、べつに違和感がないというか、線をたどるように読めてしまう。それは、ふたりの圧倒的な知性もさることながら、たんなる対談でない往復書簡という形式が、両者にふだん以上の「聞き上手」を要請するというところかもしれない。



そしてこの対話のありかたというのが、まったく、なかでもとりあげられている「ブリコラージュ」なんですね。



具体的に細部のどのへんがおもしろかったかといっても、くりかえすように話題は多岐にわたっているし、いま書いたように、この一冊に記されている思索のフロー感そのものが本書のポイントともいえるので、それはとてもむずかしい。というか、よい書物というのはたいていひとことでまとめられるようなものではない、フローのすばらしい本であるから、そうなるとそもそも細部を抽出して取り上げたりまとめて提示したりという発想がまちがいなのかもしれない。書評とはなにか…??

ただ、これは河合隼雄も似たようなことをいっていたけど(あるいは僕がかってにそう読み取った)、「けっきょくどうすりゃいいの?」というような短絡な思考のたてかたへの警鐘ということは、まあいえるんではないだろうか。

ということは、本書の総括として「けっきょくは『けっきょくどうすりゃいいの?』っていうはなしだ」とくちにすることもできなくなるわけですけど。

だけど思考の方法論について書くとするなら、「野暮」にならないためには、ひとりで熱っぽく術語を駆使して述べるよりは、語り合いというのは適切なのかもしれない。抽象的な言語ではなく、この対話ぜんたいでもって、それが示されているわけですから。

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