西川美和の「永い言い訳」を読んだ! | とんとん・にっき

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西川美和の「永い言い訳」(文芸春秋:2015年2月25日第1刷発行)を読みました。長崎・軍艦島へ行く往復の飛行機の中で、ほとんどを読み切りました。西川美和と誰?そうなんですよ、たぶん、あまり知られていないようです。(いや、知ってる人は知っていますが…)ということで、西川美和のプロフィールを下に載せておきます。


西川美和:

1974年広島県生まれ。2002年「蛇イチゴ」でオリジナル脚本・監督に初挑戦デビュー。毎日映画コンクール脚本賞等、国内映画賞の新人賞を獲得し、その後は「ゆれる」「ディア・ドクター」「夢売るふたり」を発表。映画監督としての仕事に加えて、小説、エッセイの執筆等、幅広い活動に対する評価も高い。著書に「名作はいつもアイマイ」「ゆれる」「きのうの神さま」「映画にまつわるXについて」「その日東京駅五時に十五分発」がある。


女性の映画監督なんですね。たまたま僕は彼女の映画作品3本共、全部観ているんですね。それがまた問題作ばかりです。その西川美和の「文学作品」、つまり「小説」を読んでみようと思っていた矢先、この小説が発売されました。しかも、なんと「書下ろし」のこの作品、購入はしたが、もたもたして読み終わらないうちに、第153回直木賞候補作になってしまいました。まあ、受賞するかどうかは別にして。


本の帯には、以下のようにあります。

長年連れ添った妻・夏子を突然のバス事故で失った、人気作家の津村啓。悲しさを“演じる”ことしかできなかった津村は、同じ事故で母親を失った一家と出会い、はじめて夏子と向き合い始めるが…。

突然家族を失った者たちは、どのように人生を取り戻すのか。

人間の関係の幸福と不確かさを描いた感動の物語。



本名・衣笠幸夫、有名な「鉄人・衣笠」と同じ読み、本名から逃れるように成人した幸夫は作家となり、「津村啓」というペンネームで作品を書き、テレビに出演したりもする、世間的に少しは知られた人気作家です。食べられない時代を支えてくれた美容師の妻・衣笠夏子との関係は冷え切っていました。その妻が、親友・大宮ゆきと二人でスキーバス旅行に行き、そのバスが事故を起こし、二人とも亡くなります。


作家である津村は、実はその事故の時に、編集者の愛人を家に連れ込んでいたりもします。この行動を見ると、妻の死を悲しんでいるようには見えませんが、対外的には最愛の妻を亡くした悲劇の主人公を演じざるを得ず、平気で悲劇の夫を演じてしまう自分に鬱屈が募ります。なにしろなくなった妻の携帯には「もう愛してない。ひとかけらも。」と残っていたのだから。


遺族説明会の折、同じ事故で命を落とした妻の親友の夫の大宮陽一と遺児二人に出会い、津村は衝動的に、小学生の大宮真平と幼稚園児の灯、父親が留守の時に二人の子供の世話を買って出ます。トラック運転手の大宮は、津村とはまったく対称的な人物で、激情的で衝動的な父親でもあります。妻は大宮の家族らバーベキューに招かれたり、交流が深かったようです。しかし、津村は、それを嫌がって夏子の友人家族には、会おうともしませんでした。はやい話が津村は、自分勝手で、冷酷非情で、ずるいところのある男でした。


子供を持たなかった津村は、小学生と幼稚園児、二人の世話を通じて、子育ての大変さや喜びを感じ、また、思うようにならないことなどで失望したりと、疑似家族のように自分にはなかった人生を体験します。テレビ取材クルーの地主暁子に、以下のように語らせています。


けれども、子供たちと津村さんの様子を見ていると、何だかそんな気持ち(亡くなった奥さんをひどくののしったこと)もどこかへ行ってしまいました。きっと津村さんは今、再生する道の途中にいるのだと思います。わたしは、本を何冊も出されているような有名な作家さんは、きっと人間的にも自分よりも数段優れた人たちなんだろうと思って来たけれど、おそらく津村さんも、一人の人間なのだと思いました。愛する奥さんの死という現実を受け止めきれず、悲しむことも忘れて、自分をひとりぼっちにしたことへの怒りに変わったのに違いないと、わたしはようやく理解しました。愛するひとを喪ったことは悲しいけれど、それがきっかけになってふしぎな縁をつないで、こうして新しい出会いを生んで、結びつきを育んで、かたちは変わっていても、津村さんは新しい家族を作ったのです。わたしは津村さんの奥さんの死が無駄ではなかったと思いたいです。奥さんもきっと天国から、笑って見守っておられると思います。


この物語は主人公だけが語るのではなく、主人公の周辺の人たちも語り手として参加しています。たとえば、主人公とは対照的なトラック運転手の大宮陽一、その長男で受験勉強に必死になり、父親を嫌っている聡明な小学生の真平、津村の愛人の編集者、津村を批判的にみている秘書、そうした他者の津村を見る眼が、物語に厚みをもたらしています。


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