宮下規久朗の「美術の誘惑」を読んだ! | とんとん・にっき

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宮下規久朗の「<オールカラー版>美術の誘惑」(光文社新書:2015年6月20日初版1刷発行)を読みました。この本は、「産経新聞」夕刊に毎月連載している「欲望の美術史」の2013年7月から約2年間分の記事を、大幅に加筆してまとめたものです。2013年6月以前の連載分は、同じ光文社新書の「欲望の美術史」として出版されています。つまり、「美術の誘惑」は、「欲望の美術史」の続編にあたります。そうはいっても、「欲望の美術史」とは少しスタンスが違う、と宮下はいう。それはどうしてでしょうか?


本の帯には、シャルダンの「木苺の籠」の画像と、「ほんとうに大切なものは、いつまでも生き続ける――。美の原点に触れる、一期一会の物語」とあります。


「まえがき」には、以下のようにあります。

美術というものに関心のない人は、美術というものを誤解しているのではなかろうか。美術は、単に優雅な趣味の対象であるばかりではなく、社会や文化全般に強く関係するものだ。政治経済と深く関わり、生老病死を彩り、人の欲望や理想を反映する―。西洋でも東洋でも、美術は歴史の局面で重要な役割を果たしてきた。そのような美術は、あらゆる人を惹きつける力がある。


先日、国立西洋美術館でイタリア17世紀の画家グエルチーノの展覧会が開かれました。この本の第22話には「折衷主義の栄光と凋落」として、ローマの盛期バロックの先駆であり、西洋でもっとも有名な画家のひとりだったグエルチーノが、20世紀になると没個性的で想像力の欠如した悪しき折衷主義者とみなされてしまった経緯が書かれています。



この展覧会にあわせて西洋美術館で開催された、宮下規久朗の「グエルチーノとバロック美術」という講演会を聞くことができました。講演会が始まる前にトイレに行ったところ、出てきた宮下氏にばったり出会いました。宮下氏の引き締まった精悍な顔は、写真で何度も見ていたのですぐにわかりました。



「美術の誘惑」とは、単に目を楽しませることではなく、好奇心や知性を刺激し、すべての感覚に訴えかけて心を揺さぶることである。それを感じるには、実際の作品に前にじっと立ってみることである。として「グエルチーノ展」には、教会を飾っていた本格的な祭壇画がずらりと展示されており、西洋絵画の本来持っていた偉大さを体感できるまたとない機会だった、と宮下はいう。


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宮下規久朗といえば、もちろん「刺青」です。なにしろ僕が最初に読んだ宮下の著作は、「刺青とヌード美術史」でした。前著「欲望の美術史」の第16話「芸術としての刺青」にも出てきましたが、今回の「美術の誘惑」第14話では、そのものズバリ「刺青」としても出てきました。「パリに近年オープンした新名所、ケ・ブランリー美術館で、2014年から15年にかけて大規模な刺青(タトゥー)の展覧会が開催されていた」と書き出していました。じつは東京都庭園美術館で開催された「マスク展」のほとんどは、ケ・ブランリー美術館の所蔵品でした。


「美術の誘惑」の第1話「亡き子を描く」は、「私事にわたって恐縮だが、二年前に一人娘を喪った。わが子に先立たれることほどつらいことはないと頭では理解していたが、実際にわが身に起こってみると、その痛みや悔しさは想像を絶するものであり、今も大きな悲しみの中にいる」と。 また第25話「白い蝶」にも、22歳で亡くなった一人娘に関して書かれています。亡くなる前日、職場の大学へ向かう途中、小さな白い蝶が舞っているのを見た、と宮下はいう。「私が娘の死の前後に何度も見た白い蝶は、娘の魂が苦痛に満ちた肉体を離れて、自由に飛び回っているよぷに思われた」として、応挙の「百蝶図」や若冲の「芍薬群蝶図」を掲げています。


本のカバー裏には、以下のようにあります。
美術作品も、人と同じく一期一会で、出会う時期というものがあるにちがいない。私が病気の娘を案じているときに出会ったシャルダンも、娘を供養すべく東北に見に行った供養絵額も、娘の死後の絶望の中で見入った中国の山水画も、みな出会うべきときに出会ったのだと思っている。それらは、二度と同じ心境では見ることができないものだ。(「エピローグ」より)

美術は、単に優雅な趣味の対象ではなく、社会や文化全般に強く関係する。政治経済と深く関わり、生老病死を彩り、人の欲望や理想を反映する――。西洋でも東洋でも、美術は歴史の局面で重要な役割を果たしてきた。そんな美術の誘惑についての、一期一会の物語。[カラー図版125点収録]


目次
まえがき
プロローグ  美術館の中の男と女
第 1 話  亡き子を描く
第 2 話  供養絵額
第 3 話  子供の肖像
第 4 話  夭折の天才
第 5 話  人生の階段
第 6 話  清貧への憧れ
第 7 話  笑いを描く
第 8 話  食の情景
第 9 話  眠り
第 10 話  巨大なスケール
第 11 話  だまし絵
第 12 話  仮装
第 13 話  釜ヶ崎の表現意欲
第 14 話  刺青
第 15 話  一発屋の栄光
第 16 話  コレクター心理
第 17 話  自己顕示欲
第 18 話  ナルシシズム
第 19 話  ナチスの戦争画
第 20 話  官展と近代のアジア美術
第 21 話  日本の夜景画
第 22 話  折衷主義の栄光と凋落
第 23 話  三島由紀夫
第 24 話  琳派とプリミティヴィスム
第 25 話  白い喋
エピローグ  美術の誘惑
あとがき


宮下規久朗:
1963年愛知県生まれ。美術史家、神戸大学大学院人文学研究科教授。東京大学文学部卒業、同大学院修了。『カラヴァッジョ――聖性とヴィジョン』(名古屋大学出版会)でサントリー学芸賞などを受賞。他の著書に、『食べる西洋美術史』『ウォーホルの芸術』『<オールカラー版> 欲望の美術史』(以上、光文社新書)、『カラヴァッジョへの旅』(角川選書)、『刺青とヌードの美術史』(NHKブックス)、『裏側からみた美術史』(日経プレミアシリーズ)、『フェルメールの光とラ・トゥールの焔』(小学館101ビジュアル新書)、『モチーフで読む美術史』(ちくま文庫)など多数。


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