カズオ・イシグロ原作の映画「わたしを離さないで」を観た! | とんとん・にっき

カズオ・イシグロ原作の映画「わたしを離さないで」を観た!

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文庫本の「わたしを離さないで」は440ページほどの長篇ですが、僕は100ページほど読んでは挫折ということを何度か繰り返しました。始まりはまだるっこしい少年・少女の淡い恋の話がだらだらと続くので、途中で読むのを止めてしまったわけです。でも読み終わって初めて、それは大きな勘違いだったことに気がつきました、何とか読み通した後で、そこに描かれている人間の存在を根本的に問い直す不思議な死生観や倫理観が、読むものに揺さぶりをかけてきました。そのショックは今でも尾を引いています。これが映画化されたときはどうなることだろうと思い、待ち続けてやっと観ることができました。


映画は1970年代から1990年代までのイギリスの田園風景と小都市の街並みを映し出します。出てくるのは、全寮制施設「ヘールシャム」で暮らす子供たち、保護管と呼ばれる子供たちを教える教育者たち、そして背景に少しだけ映し出される医療関係者たちです。主人公はキャシー(キャリー・マリガン)、ルース(キーラ・ナイトレイ)、トミー(アンドリュー・ガーフィールド)の、幼なじみの3人組です。ヘールシャムの生徒たちは、徹底した健康管理が施され、腕には特殊なセンサーが取り付けられています。


この3人は、自分たちの酷薄な運命を淡々として受け入れています。彼らはある目的のために生を受け、その目的のために生を終わらせる運命を背負っていました。先生たちは生徒に「教えているけど教えていない」、巧妙に教えることで、彼らが理解することを抑止しています。実は彼らは臓器提供用に作られたクローン人間なのです。人間でないのに人間そっくりな存在、疑似人間つまりレプリカントです。「ブレードランナー」では、それまで自分が人間だと思っていたが、実はそうではなくレプリカントだと気づくとき、激しい自己喪失に陥ります。


主人公たちは成長とともに、自分たちが臓器提供用のクローン人間だと知っても、その運命を当然の如く静かに受け入れて、大切な相手を思い淡々と生活しています。ヘールシャムの施設を出て、2年間の準備期間をグループ毎にコテージで過ごします。彼ら3人は社会的な生活が経験がなくて、レストランへ行っても注文することが上手くできなかったりします。また、ルースとトミーは肉体関係があり、愛しあっているように見えます。それを横目で見ていたキャシーが、音楽を聴きながら無視しようとしたりもします。そこで流れるのが題名にもなった「ネバーレットミーゴー・・・オー、ベイビー、ベイビー・・・わたしを離さないで」という歌です。キャシーがポルノ雑誌をめくって、懸命に自分の顔に似たモデルを探していたシーンも印象的でした。「本当の人間ではないこと」を自覚し、それが彼女を傷つけます。


しかし、3人はその後バラバラに暮らすようになると、自らの運命に対して微妙に異なる態度を取るようになります。ルースとトミーは「提供」を何度かするようになりました。キャシーは優秀な介護人として暮らしていました。キャシーは若い頃いっしょに暮らしたルースとトミーに会いに出かけます。2人の身体はだいぶ弱っているようでした。会話の中でマダムの名を出したとき、ルースはキャシーに「許して欲しい」と言い出します。「あなたとトミーの仲を裂いたことは最大の罪だった」と告白し、そしてトミーとやり直して提供を猶予してもらうようにと、マダムの住所を手渡します。キャシーとトミーは、トミーの描いた絵を持って、マダムとエミリ先生を訪ねます。マダムとエミリ先生には「あなた方2人には当てはまりません」とはっきりと言われます。「噂は噂でしかない。提供の猶予など元々ないのだ」と。トミーはがっかりし、キャシーは驚くほど冷静でした。


マーク・ロマネク監督は、「ルースは恐怖を感じており、トミーは逃れようとあがく。一方、キャシーは威厳を持って優雅に運命を受け入れている。彼女の強さがどこから来るのかわからないが、そこに私は美しさを感じて感銘を覚えました」と語っています。運命を克服しようとするのではなく、穏やかに受け入れるキャシーのこの姿勢は、多分に東洋的で、西洋の思想とは合わないように思います。


カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」は、「人間とそっくりだが人間ではない存在」としてのクローン人間を主人公に据えた、非日常的な映像の出てこない、SF映画には見えない本当の意味での「SF映画」です。短命を運命づけられた彼らは、親を持たずに生を受け、子供を作ることもできません。キャシーも、トミーも、ルースも、うまく考えることができません。偽物の生を生きるクローン人間、しかし、彼らは本物の人間よりも人間的であるという、不思議な印象を受けました。それはキャシー役を演じたキャリー・マリガンのその風貌と演技によることは言うまでもありません。


映画には、カズオ・イシグロの原作にはない、SF映画としての体裁を整えるためにか、「背景説明」が最初に出てきます。「医療科学における一代技術革新が1952年に起こり、それまで治癒不能とされた病気も治療できるようになった。1967年までに人類の平均寿命は100歳を超えた」と。


以下、とりあえずシネマトゥデイより引用しておきます。


チェック:イギリスの文学賞・ブッカー賞受賞作家カズオ・イシグロの小説を基に、傷つきながら恋と友情をはぐくみ、希望や不安に揺れる男女3人の軌跡をたどるラブストーリー。『17歳の肖像』のキャリー・マリガン、『つぐない』のキーラ・ナイトレイ、『大いなる陰謀』のアンドリュー・ガーフィールドといった若手実力派スター3人が豪華共演。詩情豊かでみずみずしい映像と、ドラマチックな展開の果てに待ち受ける衝撃と感動を堪能したい。


ストーリー:外界から隔絶された寄宿学校ヘールシャムで、幼いころから共に日々を過ごしてきたキャシー(キャリー・マリガン)、ルース(キーラ・ナイトレイ)、トミー(アンドリュー・ガーフィールド)。普通の人とは違う“特別な存在”として生を受けたキャシーたちは、18歳のときにヘールシャムを出て、農場のコテージで共同生活を始める。



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「わたしを離さないで」公式サイト


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