中島京子の「小さいおうち」を読んだ! | とんとん・にっき

中島京子の「小さいおうち」を読んだ!

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中島京子の「小さいおうち」を読みました。なんと第143回直木賞受賞作ですぞ! いや、驚きましたが、とりあえず祝福をしておきましょう、中島京子さん、直木賞受賞、おめでとうございます。いまじゃ(たぶん)誰しも認める中堅作家ですが、なにしろデビュー作「FUTON」は、強烈な印象でした。田山花袋の名作「蒲団」を材料にして、特に奥さんの側から描き直しているところは秀逸で、驚かされました。これは「並の新人ではない」と思いました、いやこれは僕だけじゃなく誰もが思ったことでしょう。若いのに上手い作家であり、何を材料にしても、上手く料理できる作家だと思いました。僕が今まで読んだ中島京子の作品を、4冊ですが下に載せておきます。


本の末尾の著者の略歴をみると、中島京子は1964年生まれ、出版社勤務、フリーライターを経て、03年「FUTON」でデビュー。06年「イトウの恋」、07年「均ちゃんの失踪」、08年「冠・婚・葬・祭」がそれぞれ吉川英治文学新人賞候補になるなど、高い評価を受けている。著書に「さよなら、コタツ」「ツアー1989」「桐畑家の縁談」「平成大家族」「女中譚」など。ほかエッセイ集に「ココ・マッカリーナの机」がある、とあります。


中島京子の「小さいおうち」、この本を手に取ってみると何となくレトロな感じ、「昭和モダン」という感じがします。第1章からしてタイトルが「赤い三角屋根の洋館」です。読み始めるとすぐに、ははん、これは「家政婦が見た」だな、と思ったら、案の定、第6章に出てきました。「人は、市原悦子が出てくるテレビドラマなどを見て、家政婦や女中なんてものは、いつでも家人の手紙を勝手に読んでいると思うようだが、わたしたちはそんなことはしないのである」と、釘を刺している箇所に。まあ、それはそれとして。


ありがたいことに、わたしもこうして茨城の田舎に引っ込み、細々ながら一人暮らしを続けている。近くには甥一家が住んでいて、ときどきいっしょに食事をとることもあるし、恵まれた老後を過ごしていると言えるかもしれない。・・・わたしも米寿を超え、今日の命か明日の命かと思うにつけ、もっと大事なことを書いておきたい気がしてきた。もはや、わたしが女中奉公をしていた時代を知る方は一人もいない。・・・わたしが尋常小学校を卒業して、東京へ出たのは、昭和5年のことである。・・・小説家の小中先生のお家は、都会の真ん中にある、数寄屋造りの立派なお屋敷だった。


女中にとっていちばんたいせつなもの、それは、掃除や炊事の手際の良さだけではないのだ。そう、「ある種の良さ」と、わたしの能力を評したのは、他ならぬ小中先生である。・・・何年も経って、わたしにも女中の仕事の手順やコツが飲み込めてきて、小中先生の言わんとするところが、この胸にすとんと落ちてきた。だからいまとなっては「ご主人様のために、お友達の原稿を暖炉で焼いて差し上げた女中の話」は、こうしてわたしの頭の中に、くっきりと残っている。このイギリスの女中は、なにもわからず大切な原稿を火にくべてしまったのではなくて、ご主人様の立身出世を願う心から、むしろ率先して、カタキにあたる友人の原稿を焼き、自ら、その罪をかぶったのである。


そんなこんなで、小中先生のお宅での短いご奉公も忘れえぬものではあるが、わたしにとって最も思いで深いのは、小中先生の豪邸とは似ても似つかぬ、こぢんまりしたサラリーマン家族の平井家にご奉公した日々のことだ。初めて時子奥様にお会いしたのは、家々の前に涼しげに水の打たれた、夏の午後のことだった。・・・わたしは初めて、本物の都会のお嬢様を見た思いがした。・・・あのとき奥様は22になったばかりで、わたしは8歳下の14歳だった。あれからわたしたちはずいぶん、濃い時間をいっしょに過ごした。・・・奥様の二度目の結婚は、わたしもいっしょにお嫁にいったようなものだ。子連れ、女中連れで、奥様は、昭和7年の暮れに平井家に嫁いだ。・・・わたしには1軒だけ、ここがわたしの終の棲家と思い定めた家があった。・・・それが昭和10年に建った平井様のお邸だ。


なにしろ平井の旦那様は、お見合いの席で、すぐにも家を建てます、赤い瓦屋根の洋館です、と言われたのだそうで、その一言が話を受ける決め手になったのだと、奥様もよく言っておられた。奥様が二度目の結婚をして3年目に、あの赤甍を載せた2階建ての家は建った。ここに落成の日に撮影した写真がある。旦那様の、奥様と、恭一ぼっちゃんと、わたしが写っている。・・・今の人が見たら、誰もわたしを女中とは思わなくて、4人家族と思うだろう。

(以下、続く)

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