中島京子の「イトウの恋」 | 三太・ケンチク・日記

中島京子の「イトウの恋」

イトウの恋

朝刊の2面を開くと、「新潮」「文學界」「群像」「すばる」と4誌が広告で揃い踏み。まあ、あまり売れてないと評判のこの4誌ですが、各社とも体面上、純文学に理解のあるところを見せる必要があってか、なんとかこの4誌は続いていますね。とはいえ、僕はこの手の雑誌は買ったことがありません。広告を見ると、各誌、一人ぐらいは興味のある作家が上がっています。なんと僕の目にとまったのは中島京子、「すばる」6月号に「テディ・リーを探して」という作品を発表していました。寡作な作家ですから、どんな作品か気になります。


中島京子の「FUTON 」ですが、この本は2003年5月30日初版発行されました。田山花袋の小説「蒲団 」、よく知られているけど、今ではほとんど読まれていません。けれど、実際によんでみると、まるで印象が違います。女弟子が若い男に恋しているのを知るとやけ酒をかっくらう、そんな人はいつの時代にもいます。若い女とどうにかなりたいと思うけど、うまくいかない。そんな男は世界中にいます。そんな男を書いてみたいと、中島京子は述べています。中島は1964年生まれ、これが初の小説で、書き下ろし作品だというから驚きです。というようなことを以前、このブログで記事にしたことがあります。


さて、「FUTON 」に続く会心の書き下ろし第2弾という「イトウの恋 」、題名だけじゃどんな作品か見当もつきません。本の帯には「ヴィクトリアントラベラーに恋した男の手記をめぐる、心暖まるラヴストーリー」とあります。いいですね、「いよっ、待ってました、中島京子!」と声をかけたくなるような気持ちです。なにしろよく出来ているんですよ、この作品は。重層的で、レイヤーが何枚もあって、入れ子構造で、って、それしか言えないのと言われそうですが。


語られ尽くしたとすら思われるある確固たる時代に、まったく語られることのなかった人物とその人の生きた時間がある。」


横浜にある男子校の郷土部顧問を勤めるさえない新任の社会科教師、久保耕平は、実家の屋根裏部屋で曽祖父の旅行鞄からある人物の書いた手記を見つけます。見つかったのは明治時代に通訳ガイドとして活躍した伊藤亀吉の手記でした。伊藤亀吉は、19世紀、イギリスから明治の日本を訪れた女性探検家、イザベラ・L・バードの従者兼通訳として、彼女とともに旅した少年です。彼女は「日本奥地紀行 」を記しています。中島京子は、これに想を得てこの小説を書いたとあとがきで述べています。


久保耕平に見つけられた手記は、途中で終わっています。その先を読みたい耕平は、伊藤の曾孫に当たるらしい、劇画の原作を書く風変わりな女性、田中シゲルを見つけだし、「郷土部の調査」という名目をつけて協力を頼みます。見知らぬ中学教師から呼び出さされたシゲルは、最初は適当にあしらっていますが、耕平の熱心さに次第に引きずりこまれて行きます。まるで会話がかみ合わないもの同士が、伊藤の手記を探し出すという目的で次第に接近します。風采のあがらない頭の禿かかった中年男と、30過ぎの独身女性が少しずつ距離を縮めて行くさまは、ほのぼのとした情感が漂います。


伊藤の回想記は、様々さ確執や行き違いがあります。I・Bは西洋頭、イトウは大和魂、I・Bは変わり者、イトウははみ出し者、旅の間中、お互いが毎日真剣勝負です。しかしイトウは、外国人の女主人に忠実に仕え、次第に尊敬や親近感を覚えるようになり、親子ほども違う歳の差を超えて恋心に発展します。「旅の時間は夢の時間」とあの女は言った。人生はいつも誰にも不可思議なもの・・・。

最後に、市ヶ谷監獄に収容されているDからの「奇妙な依頼」については、この小説においては必要なかったのではないかと思います。


イトウの恋

中島京子著 講談社

2005年3月5日第1刷発行 

定価:本体1600円(税別)


日本奥地紀行
イザベラ・L・バード著 高梨健吉訳
平凡社ライブラリー 2000年

定価:1575円(税込)