貫井徳郎の「愚行録」を読む! | とんとん・にっき

貫井徳郎の「愚行録」を読む!


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「愚行録」の事件は、2000年12月30日深夜に発生したまだ未解決の「世田谷一家殺害事件」にあまりにも酷似しています。慶応という名門校の実体については、桐野夏生の「グロテスク」を思わせます。慶応の「内部生」と「外部生」の区分けもありきたりです。始めに「3歳女児衰弱死 母親逮捕、育児放棄の疑い」という新聞記事が引用されています。「ネグレクト」、養育の怠慢・拒否という言葉が提示されます。以後の進行はこの新聞記事とはほとんど関係なく進行します。惨殺事件の被害者である田向夫妻の関係者に、ルポライターらしき人がインタビューをします。インタビューされるのは近所の住民や主婦仲間、被害者夫婦それぞれの同級生、等々、被害者夫婦と生前つながりがあった人物6名です。それぞれのインタビューの合間に挿入される、「お兄ちゃん。秘密って楽しいよね。あたし、秘密って大好き」と、妹の独白が意味不明です。


貫井徳郎は、1968年東京都生まれ、早稲田大学商学部卒。在校時はスキーサークルに所属。不動産会社勤務を経て、1993年に第四回鮎川哲也賞最終候補作「慟哭」でデビュー。血液型はAB型。2006年「愚行録」で第135回直木賞候補作になりましたが、そのときの直木賞受賞作は、「風に舞いあがるビニールシート」と「まほろ駅前多田便利軒」でした。


僕が「愚行録」という作品があるのを初めて知ったのは、「オール讀物」2006年9月号です。特集は「第135回直木賞決定発表」で、三浦しをんの「まほろ駅前多田便利軒」と森絵都の「風に舞い上がるビニールシート」の一部が掲載されていたからです。「まほろ駅前多田便利軒」については、その後ブックオフで単行本を手に入れて、このブログでも記事にしました。「愚行録」も同様、ブックオフで単行本を購入してあったのを、一気に読みました。貫井徳郎の作品を読むのは初めてでした。真っ黒の表紙がカッコいい!その「オール讀物」掲載されていた「選評」で、何人かの選考委員が「愚行録」について言及していました。まあ、概ね、好意的な取り上げ方はされてはいませんでしたが。


井上ひさしは、インタビューの一人語りの趣向はうまいが、「だれもかれも同じ文体で喋っているので、せっかくの多声性も不発、次第に退屈になってくる。それに真犯人の動機と犯罪の重さとがどう考えても釣り合わず、結局のところ趣向倒れで終わってしまった」と述べています。宮城谷昌光は、「けっきょく新しい人間像を造形することに成功したわけではなく、社会現象を汎論するにとどまった」と述べています。阿刀田高は、「ミステリーとして読むには謎解きを楽しむ事ができず、現代社会をえぐるねらいならば方法を違えたのではあるまいか」と述べています。総じて手法はやや目新しいが他の作家もやっており、内容は饒舌ではあるが、汎論するにとどまっただけで、まったく新味はないと結論づけられそうです。


もうひとつ、紹介しておきましょう。かの有名な大森望と豊崎由美の「文学賞メッタ斬り!」、ここでは「リターンズ」のほうですが。豊崎由美は「なんでこんなものが候補になっちゃったの?」と疑問を呈し、「帯にはほら、人間という生き物は、こんなにも愚かで哀しい、とありますけど、どこが?どこがどう愚かで哀しいのか、もっ、ぜっんぜん、わかりましぇん。――ここに描かれている人間性もストーリーと同じぐらい薄っぺらなんですよ。どこも愚かじゃないし、哀しくもない。薄っぺらな人間がうろついている小説。厳しいことを言うようですけど、この小説から得るものは何もありませんでしたね。――当たり前すぎる人間観に辟易」と、酷評しています。


貫井徳郎は、自身のホームページ「HE WAILED」の2006年3月17日の項に「愚行録」を書いた趣旨を説明しています。「今回は最悪の読後感を残す話を目指しました。これまでも読後感が悪いと言われてきましたけど、過去の作品がほのぼのしていたと思えるほどひどい話ですので、そういう小説を読みたくない人は絶対に手に取らないでください。後で文句を言われても知りません。ただ、エロも暴力もありませんから、その点はご心配なく」と。また、「愚行録」の本の紹介にも「最悪に不快な読後感を残す話を構想しました」とも書いています。


上の評にもある通り、「愚行録」は、「最悪に不快な読後感」があるようには思えませんでした。まあ、ただ単に週刊誌のインタビュー記事を、延々と読まされているだけで。「ええ、はい。あの事件のことでしょ? えっ? どうしてわかるのかって? そりゃあ、わかりますよ」なんて、この辺はスポーツ新聞記者のレベル止まりだと、豊崎由美は言います。残念ながら、「人間たちの愚行のカタログ」にもなっていません。平岩弓枝は「選評」のなかで、「書かなければならないのは世間の常識が愚行と決めているものの中にある人間の真実や情感ではないかと思う」と指摘しています。

HE WAILED
(TOKUO NUKUI OFFICIAL SITE)


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