絲山秋子の「ニート」を読む! | とんとん・にっき

絲山秋子の「ニート」を読む!

ニート

「ニート」は、NEET(Not in Employment, Education or Training)、直訳すると「就業、就学、職業訓練のいずれもしていない人」である。英国におけるNEETは、「16~18歳の、教育機関に所属せず、雇用されておらず、職業訓練に参加していない者」と定義されている。日本におけるニートは、「若年無業者」を「学校に通学せず、独身で、収入を伴う仕事をしていない15~34歳の個人」と定義されている。また、「ニート」とは若年無業者のうち「就職したいが就職活動していない」または「就職したくない」者としている。その後、日本では「就労意欲を喪失した若者」や「ひきこもり」と混同されて用いられるようになり、否定的なニュアンスで使われる事が多い。また、就業意欲があっても求職活動していなければ、日本的な意味での「ニート」になる。家事手伝いについても「ニート」として扱われ、「フリーター」はニートに含まれない。


「ニート」の定義なんてものは、ここではどうでもいいのですが、「袋小路の男」に引き続き、絲山秋子の単行本「ニート」を読みました。出版社 / 著者からの内容紹介によると、現代人の孤独と寂寥、人間関係の揺らぎを完璧な文体で描いた傑作短篇集。かけだしの女性作家と、会社を辞め、引きこもりをつづけて困窮を極める青年との淡い関係を描く表題作。大阪の彼女と名古屋の育ての母との間で揺れる東京のホテルマンを描いた「へたれ」他全5篇。とあります。


表題作の「ニート」は僅か17ページの短編です。「キミはあらゆる権利の外にいて、健康だが働いていないし働く気もない。つまりキミはニートだ。キミは自分が社会から援助を受けることができないのをよく知っているし、他人から援助を受けるのを申し訳ないと思っている」と「ニート」を定義し、「とても失礼なことを言うけど、キミにはニートの方が向いている。似合わないスーツを着るよりも」とある通り、「キミ」の生き方の姿勢を表しています。


絲山秋子はあインタビューで、次のように答えています。「書いている間も、ずっと考えていたんですが、なぜニートはいけないのか、もっといえばなぜ働かなくてはいけないのか・・・もちろん、社会の中での役割、という観点から考えると、答えは、すぐ出るんですが、一人の人間、ということから考えると、考えれば考えるほど、わからなくなる。書き上げた今も、結局、答えは出ていません」。さらに「私は、そもそも、人間をカテゴライズしてとらえ、それでわかったような気持ちになるのに、すごく抵抗があるんです。ニートという言葉も、働けるのに働かない人のことがわからないから、ひとくくりにすることで、自分の理解外に置き、それでいいんだ、と理解することを停止している、そんな気がするんです」と。


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かつて自分も「ニート」だった駆け出しの女性作家が、キミのオタクくさいブログを見て、恋するように勝手な思い込みでキミのことを思い始めます。「私」と「キミ」の友情とも恋愛ともつかない微妙な間合い、距離感が、この作品のすべてと言ってももいいほどです。「私」と「キミ」との会話が、男っぽく歯切れがよくて、とてもいい間合いや距離感を表しています。「ニート」は、世間的にいえば箸にも棒にも引っかからない「ダメ男」です。そんな男にどうして本を出せるようになった女性作家が、という疑問を言う人は、男女のどうしようもない複雑な感情の機微を知らない。本を出せるようになって、昔のことを忘れていた女性作家、今の仕事だってこのまま続くかどうかはなんの保証もない。書けなくなったら終わりだということを知りながら、「キミ」を呼び出して経済的な援助を申し出ます。「キミ」がダメになるときが来たら、まるごと引き取ってやる覚悟はできている、絶対といったら絶対なのだと、女は言葉にはしないが、強く思います。


「2+1」は、表題作「ニート」の続編です。経済援助をしていた「キミ」がたったの1年で行き詰まって、「私」は女友達とルームシェアをしている部屋に呼び寄せます。キミは「なぜ?」とは聞かない。なぜキミを私が呼ぶのか、どんなつもりで呼ぶのか、聞かなかった。深くは突っ込まない、問題は常に先送りですが、「キミ」への思いは募ります。女友達とは関係が冷えて口も聞かなくなり、手紙でやりとりします。初めてそこで彼らの名前が明かされます。結局は「私」も「キミ」も社会との折り合いがうまくできない人間なのです。それにしても、どうしてこうも男はエゴイスティックで、無気力なのか?


「ベル・エポック」は、英会話スクールで知り合ったみちかちゃんが、半年前に婚約者を亡くし、実家に帰るので引っ越しの手伝いをする話ですが、最後の最後、ああそうか、みちかちゃんは実家に帰らない。題名の「ベル・エポック」は、物がなくなった部屋で、紅茶を飲みながら二人で食べるババロアの、洋菓子屋の名前か。「へたれ」、東京駅から新幹線で一路大阪へ向かう車中、育ての親である叔母と、遠距離恋愛中の女医との間を揺らぐダメ男を描く。文中、草野心平の詩が効果的に使われています。府中刑務所を出所したばかりの昔の教え子との変態的な生活、浣腸をされスカトロにはまる「愛なんかいらねー」は異色作です。いずれも、世間的には落ちこぼれの、しかし、一筋縄ではいかない人間の感情を、絲山秋子は丹念に見つめ、研ぎすまされた言葉で表現した、題名の「ニート」は直裁ですが、「袋小路の男」に確実に繋がる珠玉の短編集です。


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