「やわらかい生活」を観た! | とんとん・にっき

「やわらかい生活」を観た!

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渋谷のシネ・アミューズという映画館で、寺原しのぶ主演の「やわらかい生活」を観ました。東急本店の前にある初めて行った映画館ですが、比較的小規模で椅子もよく、しかも観やすいなかなかいい映画館でした。寺島しのぶ主演の映画は、数年前に、「赤目四十八滝心中未遂」と「ヴァイブレータ」、二つの作品を観ました。どちらも日本映画界の金字塔、映画賞を総なめにした作品でした。この二つの映画については、ブログにも書きましたので、ご参照下さい。


「やわらかい生活」は廣木隆一監督の新作映画です。2003年に公開された「ヴァイブレータ」に引き続き、廣木監督は寺島しのぶ、脚本の荒井晴彦と組み、現代に生きる女性の姿を等身大でとらえた映画です。「ヴァイブレータ」は赤坂真理の小説が原作で、やはり現代に生きる女性の孤独を描いた作品でした。今回のこの映画の原作は、絲山秋子の文学界新人賞受賞作「イッツ・オンリー・トーク」です。この小説については、数日前にこのブログで書きました。映画が原作に忠実に描かれているかどうか、問題視する人がいます。原作と映画はもちろん別物ですから、必ずしも原作に忠実に描く必要なんかありません。


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この「やさしい生活」は、出演者の会話等は、ほとんど原作に忠実に作られています。ただし、最後の終わり方がちょっと違います。原作では、梨の季節に26歳で亡くなった大学の同級生、野原理香の命日に、愛車イプシロンで多摩墓地へ行きます。彼女だけが優子に説教をしました。「理香、いろいろあるけどなんとか私は生きてるよ。これからも見守って下さい」と、墓石の前で手を合わせます。もちろん死者は答えません。車に戻ってエンジンをかけます。流れるのはキング・クリムゾンです。「ロバート・フィリップがつべこべとギターを弾き、イッツ・オンリー・トーク、すべてはムダ話だとエイドリアン・ブリューが歌う。」この辺りは、映画ではほとんど出てきませんが、こんな終わり方です。


主人公の橘優子(寺島しのぶ)は家族と恋人をなくし、精神を病んで仕事も失います。「直感で蒲田に住むことにした」と、引っ越した東京の庶民的な繁華街の蒲田を舞台に、孤独を受け入れひとり気ままに生きる優子と、その周囲に集まってくる多様な男性たちとの出会いと、別れを描いた作品です。福岡から出てきた従兄弟の離婚寸前で一文無しの祥一役は豊川悦司、関西弁混じりの妙な福岡弁が、最初は違和感を持ちましたが、優子を看病したりするところからは、次第に馴染んできました。優子と、カラオケで尾崎豊を熱唱し、料理を作り、髪を洗い、優子につくします。昔からお互い知っている祥一と優子は、お互いに記憶を共有している間柄というわけです。躁状態の優子は、競馬で大当たりし、カラオケボックスでも特上寿司を食べまくり、マイクを離さないはしゃぎぶりでした。しかし、突然うつ状態へ変わります。うつ状態の寺島しのぶの演技は壮絶です。


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その他にも一癖ある豪華なキャストです。気の弱いヤクザ(?)、チンピラ役には妻夫木聡、一緒にタイヤ公園へ行きます。ラストでは「仕事が入りました。多分終わると俺は塀の中です」と言い置いて駐車場を去りますが、果たして?廣木作品の常連、田口トモロヲは、出会い系サイトで知り合って、1年以上もつき合っている合意の痴漢で建築家kさん役、彼がけっこうイヤらしい役で、この映画の要所を作っています。ED(勃起障害)で「クビチョウ」を目指すマザコンの都議役は松岡俊介、大学時代の同級生役は大森南朋。大森は「ヴァイブレータ」の長距離トラックの運転手、一方の主役でした。そのほかには柄本明が出ていましたね。ちょい役でしたが、存在感があります。


蒲田は「粋」がない下町、だから初めて来たときから、どこか懐かしくて、夢で歩いたことがあるみたいにしっくりきたと、優子は言います。映画の舞台となった蒲田の、猥雑で、温かい街の雰囲気も味わい深い。デパート屋上の観覧車、いつの間にか、観覧車ができてたんですね。池上本門寺、力道山の銅像があるのは知りませんでした。商店街の居酒屋、焼鳥屋、六郷土手、そしてタイヤ公園等々、優子の心の傷を癒すには最も適した街です。近所の熊野神社の祭で買ってきたと祥一が言う赤と黒の金魚、名前は「うどんとそば」と優子が名付けます。そうそう、ほおずき、優子が口に入れてブーブー鳴らしてましたね。僕は待ちきれなくて、いつもほうずきが破れてしまいました。映画では、蒲田の街を優子がひとり歩くシーンが、多くを物語っています。


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優子の住まいは「福の湯」という銭湯の階段を上った2階の一番奥の角部屋です。寺島しのぶの銭湯のシーン、湯気も立っていないし、閑散としていて一緒に入っている人も僅か、映画全体としてこの入浴シーンは効果がそれほどあったとは思えません。身体に傷があるのでバスタオルを巻いて入ると説明していましたが、最後にはバスタオルは付けないまでに心の傷も治ります。実際の銭湯を貸してもらって撮ったそうですが、背景の富士山の絵も描き直してもらったと監督は言ってます。でも、入浴シーンは別の場所だったようです。祥一と優子が二人で銭湯へ行くシーン、「おーい、姫やー」「殿かよ、うるさいよ」という会話、風呂上がりはトマトジュース、これも原作通りです。銭湯の屋上のシーンは爽やかでした。


「女35歳、男なし、金なし、仕事なし」、ある日突然スイッチが切れることもあります。優子は、自分のことをお安い隙間家具で、クーリングされた通信販売の商品だと言います。「ヴァイブレータ」よりは主人公の深刻さは薄まっています。だけど孤独を受け入れて、自然体で生きていく女性、誰かとの関係が心の隙間を埋めてくれます。祥一は結局、大田区以外はどこへも行かずに、「優子ちゃんはいい人だよ」と言い置いて、車で福岡へ帰りますが。新聞の「映画案内」には、「極上の大人のロマン、お見逃しなく!」とありますが、ちょっと違うような?


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やわらかい生活」オフィシャルサイト


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