中根晃・市川宏伸・内山登紀夫:編 金剛出版 定価:3800円 + 税 (1997年10月)
私のお薦め度:★★★★☆
本書の序論はかなり辛口な批評から始まります。
これまでの、日本の自閉症療育に対する警鐘と言ってもいいでしょう。
自閉症は児童精神医学のいう発達障害の一つであることを否定する者はいない。これが学術誌に記載されてから半世紀が過ぎた。
その間、さまざまな領域から “自閉症の治療” というものが提起された。それは何がしかの成功を収めているようだった。
しかし、やや長期のスパンでみると、問題は解決していないことがわかる。
幼稚園でうまくいった対応が小学校時代にそのまま通用するものではないし、小学校時代に成功した方策の多くは思春期になると破綻するのが普通である。これは高機能自閉症といわれる、高校・大学と進学し、就職できたケースについてもそうで、職業生活で何度となく機器的状況に陥った際に判明する。
これは自閉症の治療のモデルが大きく瓦解した事を示すものであろう。自閉症治療は根幹から問い直さねばならなかった。
「破綻するのが普通である」 とは、少々辛辣すぎるように思えますが、確かにそう陥ってしまったケースも耳にします。
この本では、自閉症治療の目標を次のように述べています。
自閉症は長期にわたって持続する障害である。自閉症の治療について2つのことが言える。
第1は治療サービスの観点から、各年代で起こりうる症状に由来する不利益を最小限にするためのケアが必要なこと、第2は治療教育に関して、それぞれの年代でも最大の教育効果が発揮できるための準備がされていなければならない。
したがって、各年代の治療目標は、いかにしたらつぎの年代の教育がしやすくなるかを目標に進めなければならないことである。
常に、次のライフステージを意識し、幼児期・学童期・思春期・青年期と進み、質の高い成人期の生活まで、破綻することなく、一貫した治療・教育を維持していくかという観点から書かれた本です。
この本のもう一つの特徴は、生物学的視点から自閉症を高機能自閉症(High Functioning Autism)、中機能自閉症(Middle Functioning Autism)、低機能自閉症(Low Functioning Autism)に区分し、それぞれに適した治療的対応を具体的に提示している所にもあると思えます。
また同じ生物学的視点より、中枢神経機能への精神薬理学的治療にも触れています。
その他にも杉山先生はタイムスリップ現象について考察され、内山先生は米国でのショプラー博士の活動や、FC(Facilitated Comnunication)の問題点についても紹介しています。
まだ自閉症についての生物科学的解明は道半ばですが、現在での自閉症治療学、その「治療スペクトラム」を集めた本だと言えるでしょう。
親の立場からは、紹介されている “自閉症の治療“のうちより、破綻しない、瓦解しない、安定して暮らせる療育を選んでいかなければなりませんね。
その意味で、みなさんにお薦めしたい一冊に(かなり辛口ですが)いれさせていただきました。
(2002.6)
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目次
序論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 中根 晃
第1部 幼児期・学童期の自閉症
1 自閉症の早期診断 ・・・・・・・・・・ 清水康夫
Ⅰ 現代における自閉症の診断
Ⅱ 自閉症の早期診断に関する諸問題
Ⅲ 3歳以前で自閉症はどれだけ診断可能か
Ⅳ おわりに
2 幼児期自閉症の精神病理と治療 ・・・ 中根 晃
Ⅰ 問題の提起 ― 何を治療するのか ―
Ⅱ 自閉症の病態生理 ― 知覚入力の障害 ―
Ⅲ 自閉的視行動の目立つ重度自閉症
Ⅳ 注視行動の成立から社会的行動へ
Ⅴ 自閉症治療とインプットコントロール
3 自閉性障害の早期治療 ・・・・・・・・・・ 田上洋子・真木みどり
Ⅰ 方法
Ⅱ 結果
Ⅲ 考察
4 自閉症の治療教育:TEACCHプログラムを中心に ・・・ 内山登紀夫
Ⅰ アメリカにおける特殊教育の概観と実状
Ⅱ TEACCHプログラムとは
Ⅲ 認知療法としてのTEACCH
Ⅳ わが国におけるTEACCH
Ⅴ おわりに ― TEACCH批判に応えて ―
5 臨床心理からみた幼児期の自閉症治療 ・・・・・・ 望月政江
Ⅰ 心理検査と臨床評価
Ⅱ 自閉症児の治療 ― 臨床心理からみて ―
Ⅲ 自閉症に関わって
6 発達援助をめざした薬物療法 ・・・・・・ 市川宏伸
Ⅰ 中枢神経刺激薬
Ⅱ 脳機能改善薬
Ⅲ 脳内アミンの前駆物質
Ⅳ 補酵素としての機能をもつもの
Ⅴ 内因性オピオイドの拮抗薬
Ⅵ おわりに
第2部 青年期の自閉症
1 青年期・成人期自閉症の精神病理と治療 ・・・・・ 中根 晃
Ⅰ 青年期の自閉症再考
Ⅱ 自閉症の青年期
Ⅲ 成人期の自閉症
Ⅳ 治療的関与
Ⅴ 不適応青年
2 自閉症の入院治療 ・・・・・ 広沢郁子
Ⅰ 症例呈示
Ⅱ 入院治療の要点について
3 行動異常の薬物療法 ・・・・・・ 高見沢ミサ
4 青年期にみられる知覚変容現象とその治療的意味 ・・・・ 小林隆児
Ⅰ 青年期にみられる 「知覚変容現象」
Ⅱ 「知覚変容現象」の現象額的特徴
Ⅲ 自閉症に「知覚変容現象」がなぜ生起するのか
Ⅳ 自閉症治療における「知覚変容現象」の意味するもの
5 行動論からみた自閉症治療 ・・・・・・・ 中根 晃
Ⅰ 病態成立の基盤をめぐって
Ⅱ 治療・教育の目標
Ⅲ 望ましい治療・教育の形態
Ⅳ 行動障害の様相
Ⅴ 行動障害の持続要因
Ⅵ 行動障害の治療
6 自閉症と地域活動 ・・・・・・・・ 藤村 出
Ⅰ 治療と教育の変遷
Ⅱ ノーマリゼーションの視点
Ⅲ 社会診断の意味
Ⅳ 職業生活
Ⅴ 余暇生活
Ⅵ 家庭生活
Ⅶ レスパイトケアの重要性
Ⅷ 緊急一時保護機能
Ⅸ 家庭以外の地域生活
Ⅹ まとめ
第3部 自閉症をめぐるトピックス
1 自閉症の time slip 現象と自閉症療育におけるその意義 ・・・ 杉山登志郎
Ⅰ time slip 現象とは
Ⅱ time slip 現象の特徴
Ⅲ time slip 現象と自閉症の言語
Ⅳ 自閉症の精神病理における time slip 現象の意義
Ⅴ 自閉症療育における time slip 現象の意義
2 思春期における行動異常の成り立ち ・・・・・・・ 山田佐登留
Ⅰ 目的
Ⅱ 対象
Ⅲ 方法 1 ― 自閉症の症状の評価
Ⅳ 方法 2 ― 行動上の問題の出現期間の調査
Ⅴ 方法 3 ― 思春期スパートの解析
Ⅵ 結果
Ⅶ 考察
Ⅷ まとめ
3 自閉症とPSW活動 ・・・・・・・・ 梅林紀子・川田史子
Ⅰ PSW活動のあらまし
Ⅱ PSW活動の専門的側面
Ⅲ 事例の考察
4 アメリカにおける自閉症療育の問題点 ・・・・ 内山登紀夫
Ⅰ 自閉症概念の拡大と混乱
Ⅱ ロバース vs. ショプラー論争
Ⅲ Facilitated Comnunication
Ⅳ 治療法雑居状態
Ⅴ まとめ
5 自閉症の神経生物学的背景 ・・・・・・ 佐藤泰三
Ⅰ 脳波および脳波異常
Ⅱ てんかんとの合併
Ⅲ 事象関連電位
Ⅳ 眼球運動
Ⅴ 神経解剖、解剖学等
Ⅵ 今後に向けて
あとがき
索引