鮮やかな影とコウモリ ~ある自閉症青年の世界~ | 私のお薦め本コーナー 自閉症関連書籍

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自閉症・アスペルガー症候群および関連障害や福祉関係の書籍紹介です by:トチタロ

アクセル・ブラウンズ:著 浅井 晶子:訳 インデックス出版 

定価 2800円+税 (2005年1月)


    私のお薦め度:★★★☆☆


ドイツでベストセラーになったという本書は、自閉症をもつアクセル・ブラウンズ青年の自伝です。
もっとも文中では、プロローグ以外には自閉症ということばや障害とかいう言葉はでてきません。
筆者が生まれてから感じてきた世界の姿、筆者にとって世界の見え方を克明に綴っているだけです。そしてその世界の見え方こそが、私たちの世界でいう高機能自閉症による感性ではないかとわかってくるのです。


題名にある「鮮やかな影」とはそんな外界の物体が危害を及ぼさない2次元の投影として筆者に感じられたもののように思います。

それは家族も例外でなく「ハハ」や「キョウダイ」たちも鮮やかな影の存在なのです。一方で彼の世界に侵入してくる顔ももたない物体、それは周りのコドモであったり、影が変化したものであったり、まるでコウモリのように感じられたのではないでしょうか。


彼らを知覚することが、僕にはとても難しかった。
世界はまだ僕の目に見えていたけれど、その中にいる彼らはほとんど目に見えない存在だった。やがてこのバタバタ飛び回る生き物たちは、鮮やかな影たちと融合した。


僕はこの二つを区別することを覚えた。
一方がいい生き物たちで、これは鮮やかな影。もう一方は僕に脅威を与える生き物たちで、これはコウモリ。鮮やかな影がなんの前触れもなく突然コウモリに変身することもあるし、その逆もある。
それがどうしてなのかはわからなかった。


これが、まだわずか二歳の頃のアクセル君の感じたこの世界の姿でした。


「自閉症とは、“忘れる”ことのできない障害である」そんなことを聞いたことがありますが、本書はまさにそんな忘れられなかった過去の感覚や記憶が克明に描かれています。
2歳2ヶ月の頃からの記憶をこんなに鮮明に憶えているのは、まさに驚異としかいいようがありません。

そして自伝ですから、彼は次第に大きくなっていきます。その時その時の記憶が画布に写し取られていくように積み重なって、彼は彼の感性を持ったままで、次第にこの世界、こちら側の世界についても理解をしていきます。


最初は幼児の感性で、そして少年の見方、青年の感じ方・・それがそのままの言葉で綴られています。普通の自伝であれば、大人の感性で「思い出しながら」書かれるものが多いのですが、本書はまさにそのシーン・シーンを切り取ったように、その時の感性で写し取られています。


もちろん次第に成長するといっても、底に流れる自閉症としての特性は変わりようもなく、この世界の中でアチコチにぶつかって軋轢を繰り返します。
ことばをその字句通り受け取り、相手が裏にこめた意味を読み取れなくて傷つくこともあります。
その様子は切なく、それでいてユニークで清冽という印象です。


本書がドイツで、障害関係の本というよりは、文芸書として評価されたのはその感覚のすがすがしさ、律儀で無垢な生き方にあったように思います。


鮮やかな影たちは、僕には理解できない謎めいた行動をとる。どうしてハハとキョウダイは悲しんでいるんだろう? アナグマが真夜中過ぎにお墓へ引越すことを決めたというそれだけの理由なんだろうか? ハハとキョウダイの助けがなければ、こんな日に泣くなんて僕は思いつきもしなかっただろう。


もっとも、本書は実用書ではなく、文芸書としての価値の方が高いと思われます。
内容も477ページと読み応えがあるので、今、自閉症児を抱えて“役に立つ”本を探しておられる方には、むしろ以前の会報でも紹介したリアン・ホリデー・ウィリー女史の「アスペルガー的人生」などの本をお薦めします。
子どもたちが安定してきて、時間に少し余裕ができてきはじめ、子どもにとってこの世の中はどんな風に感じているのだろう、見えているのだろうと、もっと深く彼ら・彼女らの内面世界を理解したくなった時にお薦めできる本だと思います。


私はこの本を読んで、同じような印象を抱いた本として、学生時代に惹かれたカフカの長編「城」を思い出しました。
自分が住んでいる世界と同じような世界でありながら、自分だけがその世界を理解できなくて、目の前にある城にどうしてもたどりつけない・・・そんな不条理な世界で、まるで自分の周りにだけ目に見えぬ壁があるようなもどかしさ・・・確かに、本書も「城」と似たような ”文芸作品” であると私には感じられました。


       (「育てる会会報 82号 」 2005.2)


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ノック人とツルの森 (Modern&Classic)/アクセル ブラウンズ


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目次


プロローグ


幼年期


2歳 2ヶ月~3歳 4ヶ月
3歳10ヶ月~4歳 0ヶ月
4歳 1ヶ月~    5ヶ月
4歳 6ヶ月~    8ヶ月
4歳10ヶ月~5歳 0ヶ月
5歳 1ヶ月~    7ヶ月
5歳11ヶ月~6歳 3ヶ月


少年期


6歳 1ヶ月~    2ヶ月
6歳 3ヶ月~    6ヶ月
6歳10ヶ月~7歳 3ヶ月
7歳 4ヶ月~    6ヶ月
8歳 0ヶ月~    6ヶ月
8歳 9ヶ月~   10ヶ月
9歳 0ヶ月~    1ヶ月
9歳 8ヶ月~10歳 1ヶ月
10歳 1ヶ月~11歳 0ヶ月
11歳 1ヶ月~    11ヶ月
11歳11ヶ月~13歳 1ヶ月
13歳 3ヶ月~14歳 6ヶ月


思春期


14歳 8ヶ月
14歳 8ヶ月~   10ヶ月
14歳11ヶ月~15歳 2ヶ月
15歳 2ヶ月~    6ヶ月
15歳 6ヶ月~16歳 1ヶ月
16歳 1ヶ月~    3ヶ月
16歳 8ヶ月~17歳 0ヶ月
17歳 0ヶ月~    5ヶ月
17歳 6ヶ月~    8ヶ月
17歳 8ヶ月~   10ヶ月
17歳11ヶ月~18歳 0ヶ月
18歳 1ヶ月~     5ヶ月
18歳 9ヶ月~    11ヶ月
19歳 1ヶ月
19歳 1ヶ月
19歳 2ヶ月~    5ヶ月
19歳 6ヶ月~    9ヶ月


エピローグ