熊谷 高幸:著 ミネルヴァ書房 定価:1800円+税 (2006年1月)
私のお薦め度:★★★☆☆
筆者の「自閉症の謎・こころの謎 - 認知心理学からみたレインマンの世界」「自閉症からのメッセージ」に続く、自閉症に関する3冊目の書籍です。前の2作も、読みやすく、分かりやすかったのですが、今回の本書も前作同様、興味深く、一言で言えば“面白かった” です。
自閉症のつまずきを検討するときに、よく使われる三項関係や心の理論ですが、筆者はその分析の際に、新たに時間軸という視点を加えて、ここにハードルがあるのではと提起しています。それは、自閉症の原因を捉える時に使われる脳神経学的な話や、伝達物質などの化学的な分析ではなく、まさに心理学からの“仮説”なのですが、読んでいて納得してしまいそうなことも多いです。
筆者の言うように、最初の三項関係では「いま・ここに」 私とあなたがいて、手が触れるところに対象物があって、三項関係が始まるのでしょう。そして、子どもたちが初期に獲得する言葉に「イッタ」「キタ」や「アッタ」「ナイ」などが多く含まれるという調査結果から著者が組み立てるのは、三項関係の次の段階では「いま・ここ」に外からはいってきたり、「いま・ここ」の世界からなくなったものを“表す” ことに興味が進み、そしてそれを「私とあなた」が共有するためにこそ “ことば”が必要になってくるのでは・・・という仮説です。
そして、その三項関係に時間軸を入ってくる段階でつまずくのが自閉症児ではないか、と考えています。
確かに、自閉症児にとって、時間の流れを理解するのが難しいのは、親の方ならみなさんすでにご存知のことでしょう。それは知的に障害を持つカナータイプの子だけでなく、高機能な方にとっても、時間軸の特異さは「フラッシュバック」に示されるように、何十年も前のこととついさっきの出来事が同時並列的に感じられるようです。
私も昔哲平に、「ちょっと待って」がどうしても伝わらず(その頃は、まだ時計の理解ができる前で、「あと10分」も伝えられかった頃です)、「家に着いてから」と、筆者が言うように時間を空間(場所)に置き換えて、やっと伝えられたことを覚えています。
それに加えて、自閉症児のモノ・トラック(シングルフォーカス)という特性から、カレンダーや時計から時間の流れを掴めるようになっても、その理解は一元的で、第三者の時間軸や仮想的な過去あるいは未来における自分の視点が持ちにくいのでは、と筆者は考えています。
私たちは実際に反省や予測という形で、このような思考方法を実際に使っている - 「あの時は、ああしようとしていたけれど、いま思うと間違いだった」と悔やむときや、「こんなに怠けていて、後になって困らないだろうか?」と未来の視点に立って、いまの自分をたしなめるときのように。
確かに、このような思考は高機能自閉症やアスペルガー症候群の人たちにとっても難しい形の思考かもしれませんね。
本書は、そのような仮説にたったうえで、ではどのような支援があれば各段階での躓きを乗りこえられるか、というところまで踏み込んでいます。
支援の方法としては、本書ではTEACCHプログラムの構造化やPECS、ソーシャル・ストーリーなどが挙げられていますが、それについては他に専門書などもありますので詳しくは触れられていません。一方で、ではそれらの方法が何故有効なのかということを、心理学の面から推察したのが本書だと言えるかもしれません。
その意味では、歴史の中に仮説を持ちこんで、新たな視点から歴史を捉えなおすような歴史小説が面白いのと同じように、本書も面白く興味深いものとなっています。この時間軸と言葉による、新たな三項関係「私とあなたが成り立つまで」が正鵠を射ているかどうかは、これからの検証によるのでしょうが、本文中に仮説を証明するために登場するターンウィンドウなどは、結構療育の実際の役に立ちそうなグッドアイデアのようにも思えます。
肩の凝らない、エッセイ(?)としてもお薦めできる一冊だと思います。
(「育てる会 会報103号
」 2006.11)
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目次
はじめに - 自閉症がふえている -
1章 どうしてやりとりができないのか?
- 三項関係の成り立ち -
ギビング・テイキング
自閉症のモノ・トラックな世界
三項関係の成り立ち
二項関係から三項関係へ
人に対する関係と物に対する関係
自閉症の診断と三項関係
「心の理論」への長い旅路
大人にとっての三項関係
2章 どうしてことばが消えるのか?
- 折れ線現象 -
ことばが消えていく
折れ線型自閉症
自閉症一般に見られる折れ線現象
一歳代の危機
タッくんのビデオテープ
不完全だった三項関係
三項関係の危機
ことばと三項関係を呼び戻すもの
3章 どうしてことばが必要なのか?
- 〈 いま・ここ 〉にないものの表現 -
ことばを話さない子どもたち
ことばの発達曲線
「もの」の世界から「こと」の世界へ
〈 いま・ここ 〉に対する出入り
三項関係の第Ⅱ段階
ことばが生まれる理由
4章 どうして文字や機械が好きなのか?
- 認知のアンバランスとその理由 -
ことばを取り戻す子どもたち
文字の世界と音の世界
一義的な世界と多義的な世界
自閉症者と機械の相性
仮名文字の構造
視覚優位の特性
サヴァン症候群と感覚過敏の世界
文字と意味のつながり
5章 どうしてこだわりを示すのか?
- ルーチンづくりとルーチンくずし -
こだわりが生まれるとき
発達成果としてのこだわり
こだわりづくりとしてのルーチン形成
共同行為ルーチンの仕組み
待つこと誘うことの学習
TEACCH教室の構造
ルーチンづくりとルーチンくずし
6章 どうして会話が成り立たないのか?
- 過去や未来への視点合わせ -
ことばの階段
受動的な子どもたち
要求や質問ができる条件
「イヤ」を連発する子どもたち
三項関係の第Ⅲ段階
遠い世界への案内人
わかる世界・わからない世界
WHクエスチョンの学習
私とあなたの出会い
アスペルガー障害の子がつまずくとき
7章 どうして時間的見通しを持てないのか?
- 前頭葉機能障害仮説 -
待つことのできない子どもたち
順序としての時間と長さとしての時間
過去・現在・未来をつなぐ感覚
EQと前頭葉
前頭葉機能障害仮説
前頭葉シンドローム
テーマ画の中の過去・現在・未来
ドナとテンプルの世界
感覚過敏と時間認知の障害
時間を空間に置き換える方法
8章 どうして人の心が読めないのか?
- 私・あなた・彼・彼女の視点 -
自分の姿を遠くから見るとき
透明人間のように振る舞う彼ら
「あげる・もらう」「する・される」のむずかしさ
同時並行的な行動ラインの読みとり
「する・される」と「心の理論」の関係
「心の理論」テストのトリック
さらにむずかしい「行く・来る」の世界
私やあなたが彼・彼女になるとき
彼・彼女たちと私たち
ソーシャル・ストーリーという方法
9章 私とあなたが成り立つまで
- 四段階発達モデルの提案 -
私とあなたが成り立つとき
過去・現在・未来の行動見通しの発達
三項関係の視点で発達段階を捉えなおしてみると
段階Ⅰ(健常児で八ヵ月頃から)
段階Ⅱ(健常児で1歳半頃から)
段階Ⅲ(健常児で3歳頃から)
段階Ⅳ(健常児で4歳半頃から)
私だけで成り立つ三項関係の段階
自閉症児に見られるつまずきと支援の方法
段階Ⅰのつまずきと支援
段階Ⅱのつまずきと支援
段階Ⅲのつまずきと支援
段階Ⅳのつまずきと支援
三項関係の視点による自閉症児の発達評価
「心の理論」のその後
あとがき
三項関係の各段階にもとづく発達評価