いつもお世話になっている『リク魔人の妄想宝物庫 』さんからお預かりした罠です。
1.5周年のお祝いと、頂いていたリクエストが上手くこなせないお詫びを兼ねてのドボンです。
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少し食材を買い足して、向かった先は蓮の家。
良い夏野菜が買えたので、素揚げにして辛めのカレーを作る。
キョーコが手早く料理を作っている間、蓮は部屋着に着替えてリビングのテレビをつけた。
時間的に毒にも薬にもならない、バラエティしかやっていない。
五月蠅くない程度にボリュームを絞ろうと、再びリモコンを操作したときあのCMが流れた。
扇情的なキョーコの姿。
何度見ても、目が引きつけられてしまう。
(あの服の下に…)
この見事なプロポーションが隠れているのかと思うと…。
意図せずに喉が鳴った。
変に渇いたのどを潤せば、邪念も少しは薄まるかも知れないと考えて…。
冷蔵庫の中からコーヒーを取り出す。
キッチンには食欲をそそるいい匂いが満ちていて、普段は動かない空腹中枢が刺激された。
「美味しそうだね」
「夏はやっぱりこれですよね!! デザートにはスイカもありますから、楽しみにしててくださいね」
「うん。スイカなんて食べるの、久しぶりだ」
蓮の邪成分を多分に含んだ視線に気づかないのか、溢れる笑顔を真っ直ぐに向けてくれる。
潤うどころか、益々渇いた喉。
誤魔化す為と過ちを犯さないために、そそくさとリビングへ戻る。
ほどなくして運ばれてきた料理は、美味しそうなカレーとサラダ。
それと、たっぷりの水。
「辛目に作ったんです。念の為にと思って…」
キョーコも蓮の向かいに腰を落とし、さらさらのカレーを頬張った。
蓮もその様子を見ながら、黙々とカレーを食べる。
夏野菜も美味しかったし、疲れた体に栄養満点のカレーもじんわりと沁みてゆく。
辛い辛いといいながら、向かい合って食べる夕食が楽しく美味しい。
あっという間に食べ終わった夕食。
デザートのスイカも、ベランダで食べた。
手をべとべとに汚しながら、じゃくじゃくと齧るのは子供の頃に戻ったようだった。
「で、何を悩んでたの?」
蓮が水を向けると、キョーコは手にしていたスイカを少し下げた。
視線もコンクリートの上に落ちる。
「…CMが…、決まったんですけど…」
その一言で、蓮の眉がピクリと揺れた。
その気配を感じたのか、キョーコの肩も揺れる。
「あ、あのですね!! こんな貧相な体を晒すのは、問題があると言ったのですが!! 夏らしいイメージという事で!! 止むを得ずなんです!! 出来れば、皆さんの記憶から抹消したいくらいなんですぅぅぅ」
うるうると潤む瞳が、そんな言葉を連れて蓮を見上げてくる。
(あぁもう…)
なんでこんなに、蓮の気持ちを汲むのが上手なのか…。
打てば響く様に、反応があるキョーコ。
それが蓮を付け上がらせるのだけれど…。
「あのCM、綺麗だったよ? すごくよくできていたと思う。まぁ…、あんな大胆な格好には、びっくりしたけど…」
こう思ったのも、まぁ事実だ。
それ以上に、嫉妬心が大きかっただけで…。
「ほ、本当ですか…?」
蓮の言葉が信じられないのか…。
恐る恐ると言った風に、問うてくるキョーコに笑顔で頷く。
びくんっと一際大きく、キョーコの体が震えたけれど…。
その首が、油の足りない玩具のように、ぎこちなく回ったけれど…。
「うん。モデルみたいだったよ。けど、」
「けど?」
「やっぱり、女性があんなに肌を晒すのは…。ちょっとね…」
こんなことは、ちっとも思っていない。
こんなことを言ったら、水着のモデルやグラビアで活躍している女性たちに、失礼だ。
けれど、キョーコには…。
(あんな恰好、してほしくない…)
そんな資格もないのに、狭量な心が顔を出す。
「ですよね…。あのCMの続編のお話しも頂いてるんです。でも…」
うるうると弱っていた瞳は、困ったように揺れた。
膝の上に乗ったスイカに、視線が落ちる。
「あんな、破廉恥な恰好するなら…」
「また水着なの?」
蓮が問えば、ふるふると頭が横に揺れた。
「今度は、洋服を着てるそうです。でも…」
ナツの時とは違う理由で、キョーコは揺れていた。
CMなんて望んでも舞い込んでくる仕事ではない。
仕事を選べる立場の人間なんて、この業界では一握りだ。
「特別な理由が無かったら、受けた方がいい。過激なグラビアだとか、特別な理由があるなら別だけど…」
これは【先輩】としての言葉だ。
「もし、またあんな恰好で、辛い思いをするのなら…。断ってもいいと思うよ」
これは、【恋する男】の言葉。
どちらが強くキョーコの胸に響いたかは、分からない。
そっと頷いた頭に、複雑な視線を送るしか出来なかったのだ。
その数日後、
「キョーコちゃん、また新しい仕事入ったんだな」
すっかり風邪が治った社は、どこから聞きつけたのか…。
蓮にそんな情報を持ってきた。
「そうなんですか?」
着替えの途中だった蓮は、シャツのボタンを留めながら視線だけを動かした。
「ほら、あのCM。あれの続編を撮るらしくてさ。うちの若手にも何人か声が掛かってたんだよ」
(あ、あれ…。受けたんだ…)
その言葉だけで、蓮はおおよそが呑み込めた。
迷っていた仕事を、受けることにしたのだろう。
ゆらっと揺れた心を、何とか落ちとかせようと試みた。
(まぁ、水着じゃないって言ってたし…)
前のようにやきもきしなくてもいいかもしれないと、少しでも嫉妬心を薄めようとそう思ってみることにする。
「気にならないのか?」
折角平常心を取り戻した蓮の心に、社は容赦なく爆弾を落とす。
「………」
にんまりと細められた瞳は、遊ぶ気満々な証だ。
「キョーコちゃんに、ぎゅうってされる役を、募集してるんだってさ」
にぃぃんまりと、魔女の様な笑みを刻んだ口が発した言葉は、蓮のリミッターを吹っ飛ばした。
「……それ、捻じ込めませんか?」
役の上で、抱き合うのは仕方ない。
仕方がないとは思う。
けれど…。
すうっと冷えた室内の空気に、社の笑みが消えた。
その表情は、【しまった】と言っているが…。
(スイッチを押したのは、貴方でしょう?)
要らぬ情報を聞かせて、とりあえずいい先輩の皮をかぶっていようと思ったのに…。
「そ、それが…。無理なんだ…」
しどろもどろになる社に、無言で圧をかける。
「お前じゃ、どう足掻いても出来ないんだよ…」
「どうして?」
「募集条件が、【さえない男】だから」
「…やってみます」
「そう言う問題じゃないだろう!? 何処にでもいそうで、どうにも冴えなくて、人生で一回もモテ期を迎えたことのない男。これが募集要項だ。お前じゃ、逆立ちしたって演じられないだろう!?」
「………頑張りますよ?」
確かに今まで一度も受けたことのない役柄だ。
だからこそ、挑み甲斐があるというものだ。
「無理。絶対に無理だ。無理」
「…キョーコが、抱き着くんですよ?」
「…そうだな。別段、告白やラブシーンなわけじゃないだろう?」
「初めてですよ?」
「何が?」
「あの子が人に抱き着くのが」
「そんなの分からないだろう? 転んだはずみに飛びついたとか、琴南さんに抱き着いたとか…。可能性はいろいろある」
「……」
突き刺さる視線に、敏腕マネージャーの背中には変な汗が流れ落ちた。
「っていうか!! そう言うのは、恋人になってから、キョーコちゃんに言え!!」
彼の言い分はもっともで、蓮はそれ以上何も言う事が出来なかった。
けれど、燻る嫉妬心は蓮の中で燃え続けたのだった。
燻っていたそれは、新しいCMの公開と同時に猛火へと変じたのである。
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