2014-06-08 23:02:34

たまたま読了

テーマ:日々のできごと

【uchikawa六角堂 たたみのへりコースター】

日曜日。
またまたお仕事。

今日はステキなイベントが、
ご近所の中央通りで開催されているのだけど、

やはり今日に設定してしまったしめきり様を、
しっかりと送り出すべく、もくもくとPCに向かう。

そしていろいろ本、読了。
並行して3冊くらい読むのが私の読書スタイルなのですが、
だらだら思いつくままに読み散らかしているので、
その3冊が同じタイミングで終了するのはあんまりない。
でも今回はそんなタイミングでした。

今回は、小説とノンフィクションと童話。

修めたかどうかも定かでないけど、
大学では、いちおう
「文学」を4年間がんばりましたということになっている私。

富山から東京に進学して間もない頃に、
Novelの原点はロビンフッドだ。
というような講義を受けていたことを、
「小説」という言葉を見たり打ったりするたびに、
思い出すのです。

その講義の内容はもう全然ちゃんと覚えていませんが、
「小説」というのは、
もともと、庶民の「覗き見趣味」から始まっている
という話をいきなりされたのが衝撃的だったことだけは覚えています。

その目線で、いろんな小説を見ていくと、
あれ?結局下世話な話じゃん、全部。と気づき始めた。

名だたる傑作ほど、そうではないか!と。

そんな気持ちで小説を読み進めていくと、
(そこから20年くらいの時間経過がありますが、)
これほど微細で些末なことをねちっこく分析して表現することそのものが、
すごく高尚なのではないかという風に思うようになった。


…しかし一方で、限られた作家の小説しか読まず、
ノンフィクションやエッセイを愛好していた理系出身の父のおかげで、
“文系の人は世界を変えられない観”を植え付けられて育ってきた。

どんなに人間の機微をすばらしく描いたところで、
そこに現状を変える意思とそれだけの技術がなければ、
なにも変えられない。と思い知らされてきた感じだ。


…ここまでこねくりまわして何がいいたいって、
心配なのは、まわりの人が本を読まなくなったってこと。
私だって読んでいる方だとは口が裂けても言えないけど。

インターネットのように、
自分の興味のあることを自分で拾いに行くのは、
読書とはまったく違う。

うすっぺらい自分フィルターで選択したものを、
さらに自分フィルターを通して昇華させたところにあるのは、
「消費」でしかない。

相手のふところに完全に入って、
その行間から何か感じるからこそ「生産」できるのではないか。

往年の、味わい深い、プロレスみたいな世界。
めんどくさい技をあえてこの身で受けている感じだ。

今だったら、
お金払って、有益かどうかわからないセミナーを
受ける感覚に近いかもしれない。

…だとしたら、数万払わずとも、
500円もしない文庫本で、様々な人々の赤裸々な考えに触れ、違和感を感じながらその世界に身を投じられるのは、
やっぱりすごいことなのでは?と思うのだ。

読書は、結局、
もっとも効率よく、
多くの人の志に触れられるものだと思う。
…と、今の私は結論づけている。
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