『仮名手本忠臣蔵』 五段目、六段目 2012年12月 南座夜の部 その1 | はじめての歌舞伎!byたむお

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『仮名手本忠臣蔵』 五段目、六段目








直木賞作家、松井今朝子さんの小説『仲蔵狂乱』を読んだばかり。






初代中村仲蔵(なかむらなかぞう)は、役者の血をひいていたわけではなく、
厳しい芸を幼少から仕込まれて、実力はあってもなかなかいいお役はまわってこない。

忠臣蔵の五段目の斧定九郎も、お軽の父から金を奪うも、猪と間違って鉄砲に撃たれて
すぐ死んでしまう、日のあたらない脇役。
セリフはたったひとこと「五十両」のみ。

しかしポジティブシンキングで、「すんげえカッコイイ山賊にして、
かっこよく死んでやる」としたのが、中村仲蔵さんです。










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さてさて、その場面の五段目と勘平腹切の六段目が今回の演目。







あらすじやこれまでのストーリーは、
先月に観た文楽のページへどうぞ。

大序(一段目)、二段目、三段目前半 その1 
三段目後半~六段目          その2
七段目                   その3








その文楽での演出と歌舞伎での演出のちがうところなども
こちらで書いていきます。









自分の娘のお軽を、その夫の勘平が必要とするお金ために祇園の店に売って、
お金の半金をかかえて家へと走る父親ですが、
山崎街道は暗くて山賊が出る、ぶっそうな道。







雨宿りで小屋のひさしを借りて座っているお父ちゃん、
その小屋の入り口のわらの中から、
白い手がぬうっと出てなんとも不気味。







「背筋がぞおっとする、まさにホラーです」







と思って、怖がろうと思って待ちかまえてたんですが、
手が出てきたら関西のおばちゃん達、ケラケラ爆笑。
ちがうぞ、こら~。








気をとりなおして、がんばって怖いんだということを
自分に言いきかせます。
はい、怖くなりました。







白い手が、お父ちゃんの首をつかみ、わめき声をあげる口を抑え、
小屋の中へと引きずり込みます。
そして、「うっ」という声、バタリと人の倒れこむ音。







斧定九郎(おのさだくろう)は仲蔵ではなく、
中村橋之助さん(成駒屋)です。


黒い着物に袖を肩までまくって登場。
風格のただよう、存在感たっぷりの悪役です。
お父ちゃんの懐から抜いた縞模様の財布の中身を確認して、






「五十両」







そのあと、花道を駆け上がってくるのは、イノシシ。


歌舞伎に出てくる馬とかイノシシとか、
視界がほとんどないなかで、気ぐるみの中に二人ペアで入って、
本物の動物みたいに見せるの、すごいです。







さて、イノシシ通りすぎたあとに、「ドーン」と
大きな銃声が。







通称「二つ玉」ですが、猟師が鉄砲で二発の弾丸を撃つという型もあるようですが、
今回の仁左衛門さんの型は、二倍の威力のある弾丸を「ドーン」と一発。







イノシシはとっくに通り過ぎてます。
誰やねん、下手な鉄砲打つのは?







と、思ったらなんと倒れました。
イノシシではなく、斧定九郎さんがバタリ。







やっぱり、悪いことはするもんじゃねぇな、
こんなこと最後に考えたんでしょうか?







そこに登場するのは、業務上過失致死の早野勘平、
片岡仁左衛門さん(松嶋屋)です。







暗闇の中で、撃った(はずの)イノシシ発見。
足に縄をくくりつけて、さあ帰ろうかな、
というわけで、ぐいっと引っ張ります。







あれ?引っ張っても動きません。

あれ?そんなに大きいイノシシだったかなぁ?


手探りでイノシシの様子を確かめてみると、
あれ? あれ?? あっ!







人だ、人を撃ってしもうた~







とあわてます。このあたり、文楽では義太夫さんが
ナレーションしてくれるんですが、
歌舞伎はすべて演技で見せますので、
役者さんの力量が必要なんでしょうね。


もちろん仁左衛門さん、見ているこちらも、
勘平の動揺っぷりが手に取るようにわかります。







懐に薬かなんかはないか、と探るとそこには
縞模様の財布なかには50両の小判。

人の道に反しているとはわかりながらも、
亡き主君のあだ討ちのためには喉から手が出るほど欲しいお金。

すいません、とパクッてしまいます。








この辺の情況、昼の部の『佐々木高綱』の馬泥棒とダブりますね。







未設定 



次の場面では、お軽が祇園に100両のお金で
奉公勤めに売られていきます。

お軽は中村時蔵さん(萬屋)。
親思いの様子も、夫思いの様子も出ていて、
それゆえに見ていてかわいそうになってきます。







お軽のお母さんの、おかやは坂東竹三郎さん(音羽屋)。
先月の『引窓』に続いて、今月も熱演です。

こういう人がいると、芝居にのめりこめるなぁ、
とつくづく思います。








祇園のお店の女将のお才は片岡秀太郎さん(松嶋屋)。
います、います、こういうおばちゃん。
しかも大阪ではなく、いかにも京都な感じ。






いろいろともめ事になるのは避けながらも、
きっちりと自分の意見は通す。
そのために、なんかうまいこと相手を丸め込んでしまうんですね。








お店側の言い分はこう、






・前金の50両をお父ちゃんに渡しました、
・そして後から50両もってきました。
・こっちは約束通り100両払ったから娘さんは連れて行きますよ。







それに対して、お軽のほうは、






・ただいま50両もってきていただきました、
・でも50両もったお父ちゃんが帰ってきてないので、
 まだ100両受け取ったわけではありません。
・だから、連れて行くのは待ってください。






というわけです。








はたして法律では売買契約は完了したとみなされるのでしょうか?











        (答え:法律では、人身売買そのものが違法です。)







さて、そこに帰ってきたのは勘平さんです。


家にお客さんがいるので、きたない格好ではまずいと服を着替えます。
(この人、格好つけ、ええかっこしい、です)


ただ、着替えるときにうっかり縞模様の財布をぽろりと落としてしまいます。
それをちらりとお母さんおかや、見ています。






お客さんはどちらさんで?とたずねて、
一連の流れを理解します。

自分の必要なお金のために、ナイショで自分の妻が身をうって
お金を稼いでくれようとしたのか、と。







お金をもったお父ちゃんがまだ帰ってきてないんだから、
妻のお軽としては、当然勘平は自分の味方をして、連れて行かれないように
協力してくれると思いますね。







勘平はうっかり殺してしまった人の懐に入っていたのが、
ちょうど50両だったので、しかも義父のもっていた財布が縞模様と聞いて、






あっ、おれ義父さんを殺してしまった~






と思っています。


仁左衛門さんによると、







勘平はここで今すぐにでも死にたい、
人として許されることではない、
でも、亡き主君の恨みをはらさなければいけない、
ただその一心でなんとか死なずにとどまっている







という気持ちで顔を上げられず、
周りの問いかけにもろくに答えられない状態だそうです。






50両を持ったお父ちゃんが帰ってこないことを知っている勘平は、
いつまでも待っていても仕方ないので咄嗟に義父さんに会いました、
と嘘をつきます。







そして、(自分が50両を受け取ってしまったので、)
お軽に仕方ない、お勤めに行って来い、
と、まさか非情の通告です。







かわいそうに、お軽、ドナドナと売られていきます。
しかも、これで最後のお別れ、もう会えないんですよね~。
かわいそすぎる。

ただ、七段目『祇園一力茶屋の場』になって、大星由良之介さんのはからいで、
ちょっとした救いがあります。







未設定


残されたのは、お軽の母、つまり義理の母おかやと勘平の二人。






先ほどからの勘平の様子に、おかやは不自然なものを感じて、問い詰めます。








「ととさん(お父さん)とは、どこで会わしゃったか?」






「ええと、伏見。」






「伏見?」






「いや、鳥羽。」






「鳥羽?」






「いや、ええと竹田」







ちなみに、このあたりの地理を説明しますと、
山崎街道ぞいのお軽の実家から、伏見、鳥羽、竹田と
行くに連れてどんどん遠ざかっています。

なんとかごまかしたいという気持ちの表れなんでしょうか。






 







さてそんな会話をしてるところに、猟師の仲間たちが、
お父ちゃん与市兵衛の死体を運んできます。







もちろん嘆き悲しむお母さんのおかや。







しかし、勘平は自分が殺してしまったお父ちゃんのほう、
見ることも出来ません。







その様子をみて、おかやの疑いは確信に変わります。
勘平のふところに手を入れて、財布を引っ張り出します。
出てきたのは、お父ちゃんが持っていた財布で、
中身はからっぽ、しかも血がべっとりとついています。







現代劇なら「ガイシャ(被害者)の血液型は?」と特捜係がしらべるのですが、
当時はそんなものはありません。
お父ちゃん与市兵衛の血だ、となりますよね。
観客は斧定九郎さんの血とわかってるんですが。







母は、






「金が欲しくて、お父ちゃんのこと殺したのか、この人でなし!」






と怒ります。老婆の弱々しい力ながらも勘平を叩きます。






勘平は無抵抗、すべてを受け入れます。


興奮しすぎた余り咳き込む母おかや。







咳き込んだ母にしっかりしてくだされと、
思わず勘平は母の背中をさすります。







母おかやは自分の夫を殺した勘平に
気を使って背中なんかさすって欲しくない、
と突き飛ばします。







なんとも皮肉なやりとり。









たとえ弁解したところで、義父を殺したことに変わりはないから、
いさぎよく母のののしりを受け、ぶたれるがままにしよう、
というのが武士である勘平の決意なんでしょう。









そこにやってきたのは、二人の侍。
血気溢れる若侍の千崎弥五郎(片岡愛之助さん)と
分別ある重鎮の不破数右衛門(市川左團次さん)です。






勘平さん、実はあだ討ちに自分も加えてくれということで、
その代金に先ほどパクった50両を千崎に届けていました。

参加オッケーになったかな、と玄関に出ようとします。
このとき、押入れにしまってあった刀を引っ張り出します。

猟師に身はやつしていても、心は武士です。
腰に大小二本の刀をさして、武士として二人に会おうとします。







もし、あだ討ちに加えてもらったら、
本懐を達成した後で、義父を殺してしまったことを詫びて
死ぬ気なんでしょうね~。







ここで、格好つけるのが身に染み付いている勘平さん、
刀をぬいて鏡の代わりにして、髪形の乱れなんかチェックします。

これがモテる男の秘訣なんでしょうか、なにもこんな情況で。
まあ、先輩の侍に失礼のないようになのか、と好意的に解釈しておきます。








そして二人を迎えようと玄関に出ようとするのですが、
お母ちゃん、これ婿どの、人の亭主を殺しといて逃げる気だな~、
と勘平にしがみつきます。







ああもう仕方ないと、お母ちゃんをズルズルひきずったまま玄関へ。
二人を入らせて上座にすわらせます。
下座の勘平には背後霊のようにお母ちゃんがくっついてます。







二人から、大星由良之介からの「(任務をサボってた)不忠者からのお金は受け取れない」
という、がっかりなお言葉が伝えられ、50両が返却されてしまいます。







お母ちゃん、もうキレてるので、






「お侍さんたち聞いて下さい。このどうしょうもない(義理の)息子、
この金は私の亭主つまり舅(しゅうと)を殺して、50両つくったという、
酷い、鬼畜生です。もうあんた達の刀でズバッと殺してやってください。」







こう訴えかけます。


怒りのたぎるラブリン弥五郎は、






「成敗してくれる!」






と刀を抜きかけるのですが、老獪な高島屋さん数右衛門は、






「こんな奴を切っては刀が腐るわ。切る価値もない。」






と止めます。そして、とどめの一言。






「亡君の恥め!」







亡君とは、勘平が仕えていた今は亡き主君の、
塩冶判官(えんやほうがん)のこと。
実際の忠臣蔵なら浅野内匠守です。







自分のミスで塩冶判官の一大事のときに近くにいなかった、
その失敗で人生が転落していき、
生きる望みが亡君の仇を討つことだけの勘平ですが、
敵討ちに入れてもらえないどころか、
「亡君の恥」とはあまりにもキツい言葉。







妻も義父も仇討ちの希望もすべて失った絶望の果て、
もはやこれまでと、刀を自分の腹に突き刺します。






「うっ!」

「はやまるな。」


「黙って腹を切るつもりだったんですが、
亡君の恥とまで言われたら我慢できません、
聞いて下さい





(初心者の皆様、歌舞伎はここから死ぬまでが結構長いです。
平気で10分、15分ありますので。その間に応急処置して、
医者を呼んだら…、とかのツッコミはなしでお願いします。
こういう演目他にもあります。
とにかく刺してから、刺されてから長いんです。)






イノシシを撃ったつもりが間違って人を撃ってしまった。
わざと人を撃ったわけでもないし、
ましてやお義父さんを狙って撃ったなんてとんでもないです。

で、撃ってしまって、旅人なら懐にひょっとすると薬でも
ないかと思って探したら財布だった。

最初は盗る気はなかったけれど、
猟師の生活では一生かかっても
手に入れられないし敵討ちに参加のための大金だ、
と思ったら天からの恵みのように思えて、
つい魔が差して…







と語りだします。









(ほらね、長いでしょ。)








それを聞いて二人の侍は義父の与市兵衛の死体をチェックすると、






「これは鉄砲の傷ではない、刀の傷だ」






となります。それを聞いて、勘平もえっ、と思って、
義父のところまで体を引きずっていき、
自分でも傷跡を確認します(この型は初めてみました、死ぬまでさらに長いよ~)。







そこで、あっそういえばと思い出すのが不破数右衛門さん、







「ここに来る前に道端で、家臣でも悪い奴の斧九太夫(おのくだゆう)が、
こんな悪い息子は勘当じゃ、と勘当して今は山賊をやっている
斧定九郎が死んでたなぁ。」






「と、いうことは、ひょっとして?」






はい、謎はすべて解けた、じっちゃんの名にかけて、
真実はただ一つ、まるっとお見通しだ、ということで、
名探偵サダンジさん、







「義父どのは定九郎に襲われて50両を奪われ殺された、
その父親の仇である定九郎を撃ったのは、勘平、お前だ。」






親殺しの大悪人から一転、親の敵を討った孝行息子です。







お母ちゃんは、






「すまんかった~、ひどいこと言って。」






と謝りまくります。

勘平さん、そのタイミングでようやく出血多量でサイナラ~となりそう。
お侍さん二人も、






「俺らもひどいこと言って、すまんかった。」







といって、討ち入りのための連判状(討ち入りする人の名簿)を出します。







「お前も仲間に加えてやる、ここに血判をしろ。」







といって、四十六人目に早野勘平の名前を書くと、
勘平に血判させてあげます。







ああああ、ようやく願いがかなった。








仁左衛門さんの勘平、苦痛の表情から少しずつ、
なんとも観音様のようなおだやかな、
笑みを浮かべたような恍惚とした表情になって、
安らかに息をひきとります。







これにて幕引き。








しかし、願いがかなったといっても、
連判状に名前が載ったということであって、
実際に敵討ちには参加できなかったんだから、
やっぱりかわいそうに…







という思いを抱えながら、続いて
七段目の『祇園一力茶屋の段』に進むと、
さらに、ああ、いい話だなぁ…
となりますね。








塩冶判官は「切腹(せっぷく)」、早野勘平は「腹切(はらきり)」と表現がちがいますね。

正式な武士の作法にのっとって行われる(白装束で、介錯人つけて…)のが「切腹」で、
勘平の場合はそうではないので「腹切」ということらしいです。






 







 


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