温泉宿の誇りについて | 平準司@神戸メンタルサービス カウンセラー養成・個人カウンセリング・心理学の講演、執筆を行っています!

夏の終わり、9月の1週目に福岡でセミナーをしたのである。

今年は夏休みもとれず、ふてくされていたのであるが、セミナーに先駆け、福岡のOBや研修生の人から、「ちょっと雲仙方面に、今後の福岡の発展について考える会議をしにいきませんか?」というお誘いを受けたのである。


誤解のないように言いたいのであるが、これはとても大事な会議なのであって、たまたまこの夏の暑い最中、きっと、白熱するであろう議論を冷静沈着に判断すべく、標高が高く、避暑地として有名な雲仙でするのが、もっとも環境的によかろうと考えたうえでの福岡OB氏の発言だと思われる。


さらに、その場所にたまたま、それはそれは素晴らしい温泉が湧いており、そして、たまたま、泊まった温泉宿が自家源泉を所有する宿だっただけ、という話なのである。


さらに、せっかくの休みである月曜日をつぶしてまで会議をするのであるからして、この疲れ切った体にも栄養を与えねばならないと、嬉野温泉の名物である湯豆腐を食べたのもたしかに事実ではある。


さらに、ちょっとついでに、武雄温泉の“七彩の湯”という、ツルツルトロトロする重曹泉に入ったのも事実であるが、それもこれもすべて、当日の夜のミーティングに備え、体調を整えるためのことだったと考えていただきたい。


ということで、われわれ5名は“横綱”と呼ばれている福岡の重鎮が運転するハイブリッドカーに乗せていただき、セミナー明けの月曜日、遅まきながらの夏休み‥‥、いや、会議のために雲仙に向かっていったのである。


われわれの行程は、だいたい、先ほど述べたとおりだったのであるが、雲仙は長崎県の島原半島のど真ん中にある山の山頂なのである。

そして、この島原半島の長崎側に、もう一つ、有名な小浜温泉というのがあるのである。


地元の温泉通に「どの旅館がいいか」と聞いたところ、とある自家源泉を所有する温泉宿を教えてもらったので、われわれは日帰り温泉を楽しむべく、その宿を訪れたのである。


温泉マニアとして、私はたぶん、日本各地の温泉500湯ほどに入っているのであるが、その私にして、思わず絶句してしまうほどのものすごい温泉宿だったので、きょうはその話を書く。


この宿の駐車場にクルマを停めたところ、もう駐車場の脇から源泉が溢れ出していて、すごい温泉情緒なのである。

その様子からしても、源泉湧出量がものすごく豊富であることがわかり、入る前からワクワクしてしまうのである。


「フフフ、ここは当たりだな」

温泉マニアの私の心が躍るのである。

そして、玄関からいつものように、「すいませーん、日帰り入浴、お願いします!」と声をかけると、ヨボヨボのおじいさんが出てきて、われわれを浴室のほうに案内してくれたのである。


しかしながら、この温泉宿、『名探偵コナン』だったら、必ず殺人事件が起こるであろう雰囲気の、ものすごくレトロで薄汚れていて、しかも、温泉宿のくせに、いたるところにクモの巣が張っていて、さらに、廊下を歩くと、われわれの足跡がつくというようなものすごい宿なのである。


われわれ一同、どん引きしながらも温泉に向かったのであるが、浴室がホコリっぽいのである。

ふつう、浴室というぐらいであるからして、湿っているのがふつうで、ホコリっぽいはずはないのであるが、ホコリっぽいのである。


湯船までのタイルがまったく濡れておらず、ホコリっぽいのである。

そして、湯がものすごくぬるいのである。

たぶん、37度ぐらいであろう。


それは、「今年の夏は暑いので、涼しく温泉を楽しんでいただけますよう、ぬるめに設定しました」というような、温かいホスピタリティゆえに湯がぬるいのではないということは、入浴してすぐわかるのである。

つまりこれは、長い間、だれも入らず、ほったらかしにされていた湯の温度なのである。


さらに、この浴槽の隅に、水風呂のようなものがあったのであるが、私は勇気がないので、そこには体をつけられなかったのである。

たとえていうならば、浴室の中になぜか、庭の池があると思っていただきたい。

ひょっとして、つかるやいなや、鯉が出てきたりしそうな気がしたのである。


しかしながら、チョロチョロとではあるが、湯船のお湯が冷めないように源泉が足されていたので、勝手にバルブを全開にし、70度ほどあると思われる源泉をドボドボと入れさせていただいた。


意外と湯船が大きくて、がんばりはしたものの、適温になるには時間がなさ過ぎたのであるが、さすがにお湯は新鮮で素晴らしかったのである。


ただ、シャンプーやリンスは散乱しており、本来、浴室を掃除すべきモップも乾ききっていた。

どうやら、この宿はあのおじいさん一人で経営をなさっているようである。


それでも、なんとか湯上がりを迎えた私たちを、気のいいあのおじいさんがロビーで待っていてくれ、昭和40年代ごろに活躍したと思われるクーラーのスイッチを、おそらくとても久しぶりにだと思うのだが、入れていただいたのである。

入れっていただいたのはいいのであるが、涼やかな風とともに、ものすごいホコリが散乱するのである。


そして、すすめられるままソファに身を横たえたのだが、その途端、地の果てまで沈むのではないかと思うような沈み心地なのであった。

ちなみに、そのソファから立ち上がった途端、そこには私のオシリの跡がくっきりとつき、私の黒いズボンは白いズボンになっていたということを最後に申しあげる。