「えっ、あっ、いや別に」
いかん。つい感情が顔に出てしまった。
「さっきもなんだかおかしかったですよ、センパイ」
「さっき?」
「そ。さっき、電車の中で。なんだか落ち着かない様子でそわそわしちゃって」
「ずっとみてたの?」
「ええ、ずっと。だってセンパイおかしいんだもん。目の前の空席ジーッと見つめて座るんだか座らないんだか、もーハッキリしろーって心でツっこんじゃったじゃないですかぁー」
とケラケラ笑う笑顔もまた可愛い。
「なんだよ、見てたのなら声をかけてくれればよかったのに。まったく人が悪い―――」
―――えっ、空席?目の前の、空席?この娘今確か目の前の空席って言ったのか?
「ちょ、ちょっと、えっと、根、岸、さんだっけ」
「ひろみでいいですョ。大野センパイ」
「じゃあ、ひろみちゃん。俺の前の席が空席だったって?」
「えぇ、誰も座っていませんでしたよ」
キョトンとして少しとまどったようなこの表情もまた素敵だ。
「それはないよ。だって居ただろ、男がずっと」
僕は少し苦笑いをしながら聞き返した。
「なにそれー。もー、西宮からずっと空席の前に立ってたじゃないですか。からかってるんですか?センパイ」
「いやいや、そんなつもりはないって。でもほら、俺の目の前の席に30代ぐらいで白いシャツに茶色っぽいジャケットを着た男が座ってたじゃないか」
そのとき僕は ふと、あることに気がついた。
あっ、そうか。この娘のいた場所からは死角になっていて、あの男の姿が見えていなかっただけだ。
なんだ、そうか。きっとそうに違いない。
僕は少しホッとして、小さく息をはいた。
「まぁ、そんな事はどうでもいっか。でもあの男、一瞬どこかで見たような気がしたんだよなぁー。誰だったっけなぁ。んー、やっぱり・・・気のせいかな」
と言いつつ根岸ひろみの方に目を向けた。
「美輪先生。」
「えっ」
――――――つづく
次回『最終回』をお楽しみに