2010年12月06日(月)

東京ディズニーランドを貸し切った日

テーマ:経済・社会

もうひとつのバブル時代の企業行動 ―。


11月17日のブログ で、昨今の就職活動の厳しさと対比する形でバブル時代に新入社員を獲得するために企業がファイナンスをしてまで豪華な社員寮を建設したことを述べた。今回はその第二弾である。


バブルに浮かれていたあの頃、日本中でテーマパークが雨後のたけのこのように建設された。その多くが自治体参加のものであり、全く根拠のない「予想入園者数」をはじき出して莫大な金を投入し、その後壊滅的な姿になったことはご存知の通りである。いくら「地方活性」という勝手なお題目を唱えても、魅力のない(魅力の続かない)コンセプトで収入に見合わない大規模装置を作ったら最後、重くのしかかった固定費で赤字垂れ流しとなり息絶えるのは明白である。


その中にあって、唯一、潤沢な利益をたたき出しているテーマパークが日本に一つだけ存在する。そう、東京ディズニーランドを経営するオリエンタルランドである。


東京ディズニーランドが開園したのは1983年。今から27年も前のことだ。だが、オリエンタルランド自体が設立されたのは1960年とさらに23年も遡る。1962年に千葉県と浦安地区の土地造成事業に関する協定を締結し、1964年(私の生まれた年)から埋め立て工事を開始し1975年に完了。それから施設の建設にとりかかり、8年後に開園にこぎつけた。そして2001年には東京ディズニーシーがオープンした。


詳しい歴史のことはさておくとして、年間入場者数が2582万人(2010/3期)。これは2位のユニバーサル・スタジオ・ジャパンのおよそ3倍に相当する。国内の遊園地・レジャーランド・テーマパークの市場規模の約40%のシェアを持つというマンモス的な存在である。


ところで、この東京ディズニーランドに私はたった1度だけだが行ったことがある。しかも「貸切」で、だ。もちろん個人で貸し切ったのではない。会社が貸し切り、社員および家族全員を招待したのだ。


あれは忘れもしない1989年3月。社会人1年目の最後の月に当時私が勤めていた第一證券が創立50周年の記念行事として、オープン6年目の東京ディズニーランドで盛大に盛り上がろうという壮大な計画を立てたのである。


証券会社は全国に支店がある。その全国の支店の社員ならびにその家族の交通費や宿泊費も会社側が負担して、千葉県浦安に全員集合させるというものだった。当時の社員数はたしか2500名程度だったが、株式委託手数料自由化前だったため年間の経常利益が200億円超という信じられない古き良き時代のおとぎ話である。


ところで、東京ディズニーランドを「貸切」にするためにはいくらコストがかかるのだろうか?


現在の規定をHPで確認すると、「マジカル・ファンタジー・パーティー」と称して、7000名以上からイベントを受け付けており、1人当たりの価格が5010円(大・中・小人価格均一)にて、3507万円から貸切ができるようだ(午後2時に入場。通常午後8時閉園だが、イベント参加者のみ午後10時まで滞在可能)。通常の入園料に加えて「貸切料」がかかるというわけではないようだ。それを考えると、リーズナブルという気がする。人数さえ揃えればOKなのだから。


とはいうものの、今の世の中、ディズニーランドを貸し切って7000名以上の社員や家族を集めてイベントをおこなう、なんていう企業は聞いたことがない。世知辛い昨今にそんなことをすれば「妬み」や「ひがみ」で叩かれそうだ。だが、そういう企業であれば、学生の「就職したい企業」として間違いなく人気が上がるでしょうな。


太田忠の縦横無尽 2010.12.7

『東京ディズニーランドを貸し切った日』

        **太田忠投資評価研究所のHPはこちら**



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