●中東の地球儀


外国の地球儀で日本を見ると面白い。その国の人に、どう日本が見えているかがわかるからだ。たとえば上海で買った地球儀では日本人が尖閣諸島と呼ぶ島が中国風に釣魚島と記されている。それは予想されることだ。予想外なのは、島が異常に大きなサイズに描かれている点だ。沖縄や台湾並みである。もちろん、これは装飾用の地球儀で地理的な正確さを目的とはしていない。しかし、制作した中国人には、この問題が、これほど大きく見えているのかと考えさせられた。


もう一つ例をあげよう。イラクとイスラエルに挟まれた王国であるヨルダンの土産物店で地球儀を見たことがある。日本を見ると、四つの都市が記されている。東京、大阪、広島、長崎である。広島と長崎の悲劇は中東でも知れ渡っており、都市の大きさにかかわりなく地球儀に広島と長崎が描かれているのだろう。原爆の被害という悲劇を乗り越えて日本が復興し発展した事実も良く知られており、それゆえに日本に対する賞賛の感情を中東の人々は抱いている。アメリカに対する反感の強い地域だけに、その暴虐の象徴として原爆投下が知られているようだ。


中東で被爆者の証言会のお供をした経験がある。どこでも熱心に耳を傾けてくれる。また、広島の原爆記念館で上映されている映像にはアラビア語版があるそうで、関係者の話ではアラブ世界からの訪問客に強い印象を残すという。日本を訪れる中東諸国の指導者の多くも広島と長崎を訪問してきた。日本人が受けた戦争による被害の象徴が広島と長崎ならば、日本の復興と発展の象徴は家電製品と自動車である。


中東には日本製品があふれている。第2次世界大戦前の日本製品は、安いが質の低い製品の代名詞だったようだ。「安かろう。悪かろう」であった。


しかし大戦後、メード・イン・ジャパンは高品質の製品の代名詞となった。その証拠に、現在世界の各地で日本製の中古車が走っているが、日本語の表記が消されていない。少し長くなるが、その理由を述べよう。


日本では車検制度がきびしく、性能がそれほど劣化していなくても持ち主は車を買い替えてしまう。そのため、日本の中古車は国際的には、そんなに老朽化していない。そこに着目したパキスタン人が、日本の中古車を世界に輸出するビジネスを開発した。日本語の表記がなぜ消されないかというと、文字の意味は分からなくても日本語の表記があれば、それが高品質の証だと受け取られるからのようだ。



富山港で輸出を待つ中古車(2014年2月 筆者撮影)

というわけで、発展途上世界では、「なんとか自動車学校」とか、「なになにゴルフ・スクール」とか、「どこどこ農業協同組合」といった文字の書かれた中古車が走り回っている。中東イスラム世界の一部でも、そうである。豊かな国では日本製の新車が、そうでない国では中古車が走っている。こうした新旧の日本車の活躍もあって、ヒロシマとナガサキの国がハイテクの国として再生したととらえられている。これが中東イスラム世界の人々の日本認識である。


>>次回 につづく


※『まなぶ増刊号』(2015年11月号)57~61ページに掲載された文章です。



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