「宇宙戦艦ヤマト」賛 | モノゴトをオモシロくスルドく見る方法「かふてつの方丈記 」

モノゴトをオモシロくスルドく見る方法「かふてつの方丈記 」

  
How to look everythings essentially
or
Everythings gonna be alright

今日、「スタジオパークからこんにちは」に伊武雅刀がゲスト出演してたので。

 

私は「未来少年コナン」派なので、どうしても「ヤマト」を「コナン」に対する引きあいに出してしまっていました。

 

『「ヤマト」なんか観てるんだったら「コナン」を観ろ!』と。

 

なので一部からはアンチ「ヤマト」派と思われていますが、実はそうではありません。

 

「ヤマト」から受けた影響も大きいです。それは、「善」と「悪」の相対性を初めて(小学校4年生くらいの)子供の私に教えてくれたのが「ヤマト」だったからです。

 

ヤマトではガミラス帝国が敵として描かれていますが、ガミラス帝国が地球を侵略するにはガミラス帝国なりの「理由」に基づいている事が、当時のアニメとしては丁寧に示されます。

小学校4年生の私は地球人なので、地球の正義としてヤマトを応援するのですが、敵にも敵なりの「理」に基づいて地球を攻撃してくることが判るのです。これは、小学校4年生にとってはかなりショックな発見でした。

 

例えば、私は冥王星の反射衛星砲のくだりが、敵側も良く描かれており好きなのですが、ガミラス人の立場に身を置くと、反射衛星砲を次々と破壊して迫ってくる「ヤマト」は恐怖以外の何者でも無かった。

 

地球人から観れば「ヤマト」は正義であり「善」なのですが、翻ってガミラスの立場に立ってみれば、「ヤマト」は自分たちを攻撃してくる恐るべき「悪」となる。

「善」、「悪」とは立場によって見方が変わる相対的なものである、と言う事を小学校4年生の私に教えてくれたのが「ヤマト」だったのです。

 

一旦そうと気づくと、今まで観てきた「ウルトラマン」も「仮面ライダー」も様相が違って見えて来る。小学校4年生の私には新たな地平が開けたような思いがしました。

 

そんな意味で、私は「宇宙戦艦ヤマト」にお世話になったし、リスペクトもしているのです。

 

 -*-

 

今となっては「善」と「悪」が相対的なものである事はある意味当然となっています。

 

だから、クリストファー・ノーランは「ダークナイト」で「絶対悪」としてのジョーカーを描くのに苦労するのです。あのジョーカーは相当苦労して作られたものだと言う事を、私は小学校4年生の時に「ヤマト」から学んだのでした。