血液脳関門は90年代以前は「脳への薬物流入を遮断するフィルター」として考えられていた。
しかしながら近年になって脳の毛細血管に存在するP-糖蛋白などによる「積極的な排出機構」
という考え方が定着してきた様である。そういう意味では「関門」という表現は正確ではない。

事実「じゃあ抗癌剤を脳に直接投与すれば?」というアイデアもあったが結局失敗した様である。
抗癌剤の個人差の記事で述べた様な「排出」機構が働き、偏った平衡を維持していると考えられる。
「フィルターの向こう側」に流しても結局排出されるので効果が出ないのである。

では脳転移には抗癌剤は効かないのだろうか?当然私も「答え」を持っている訳では無いが、
以下の「いい加減な考え方」をしている。不備等については是非ご指摘頂きたい。

細胞膜の薬剤排出機構でもP-糖蛋白は重要な役割を果たしている。脳の場合は毛細血管自体に
同様の機構があるとの事なので抗癌剤の効き目は更に落ちると思われる。一般的な推論として、
「分子量500以下であること」が脳にも作用し得る最低要件では無いかと想像する。

添付図は肺癌に関係する主な抗癌剤の分子量を列記したものである。
mol

例えば、悪性リンパ腫の治療には(最近はリツキサンも含め)有名なCHOP療法が用いられる。
・シクロフォスファミド 分子量279.10
・ビンクリスチン    分子量923.04
・アドリアマイシン   分子量579.98
・プレドニゾロン    分子量578.79
このうち脳リンパ腫にも作用する可能性があるのは「プレドニゾロンだけ」と言われている。

一方、脳腫瘍の一部では脳血管関門の働きが弱まる事が知られており、シクロフォスファミドを
含むアルキル系や白金系抗癌剤の効果が期待されているとの事である。この理解から言える事は、
・分子量が大きい薬剤はほぼ可能性は無い。目安は分子量500前後以下?
・脳転移に作用するとしても、原発と比べ相対的な効果は恐らく低い。
・そもそも原発に効かない様ではほぼ脳転移には作用しない。
・ただし脳転移の「場所」によっては脳腫瘍と同様の「関門機能の低下」が起こり、
 結果としてシスプラチン等が作用する事もあり得る?(恐らくそんな幸運?の確率は低い)。
といった感じではないだろうか?

イレッサは著効すると2~3年作用が続く事も珍しく無い。しかしその場合でも脳転移は起こる。
これは分子量が比較的大きい事がネックになっているのかも知れない。通常、分子標的剤の効果は
「現状維持+α」という理解である。「良くフィット」しても脳転移までは制御できない様である。

小細胞肺癌ではイリノテカンorカルセド併用で寛解が得られる事も珍しく無くなった。しかし
その場合でも脳転移は起こる。これらの「肺には効く」抗癌剤は分子量が大きい。併用される
シスプラチンは脳転移に作用する可能性もあるが単剤では原発すらも寛解する事は稀である。

その事情はカルボプラチン+タキソールにもあてはまる。タキサン系は有望ではあるが、
分子量が800以上あり、恐らく厳しい。カルボプラチンがよほどフィットすれば別であるが、
脳転移のリスクは考えておくべきであろう。ただ、

卑近な例で「イレッサが奏効し2年制御後脳転移。カルボプラチン+タキソールに変更」という
ケースがあった。その時は「先ずは原発を抑えにいったのかな?」と解釈したが、当面放射線の
予定も無く、もしかすると「カルボプラチンの脳転移への効果を期待」したのかも知れない。
(勿論、他患者の事であり主治医に詳細は確かめていない)

また添付図の分子量だけを見ると患者としてはTS-1とジェムザールが期待される。
しかし両方とも新しめの薬ではあるが肺癌に対して単剤では「やや弱い」という印象があり、
原発によほど著効すれば別だが、脳転移を抑える程の力があるかは疑問である。